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闇夜に紛れて
夜の繁華街を二人の男たちが走っていた。
二人は通りを行き交う人々にぶつかるのも躊躇わず、ぶつかられた者の不満や怒声も気にすることなく、全力で街中を走り抜けていく。
二人は外国人だった。中華系か半島系だろうか。パッと見は日本人と見分けがつかない。だけど彼らが話す言語は明らかに日本語ではなかった。
どちらも身長は高く、体型としては細身である。ゆえに走るのは得意そうだった。
彼らを追跡するのは制服姿の警察官二人である。片方が無線で応援を要請しているが、応援が到着するまで標的の追跡を続けるのは難しそうな状況に見えた。
「行けますか?」
「はい」
たまたま居合わせただけの二人のうちの一人がもう一人に尋ね、その尋ねられた方の男は頷いた。
頷いた方の男の名は蒼月涼真という。公安で特別待遇の捜査員をしている、二十代半ばの青年だった。
涼真はすぐに行動を開始した。
繁華街の構造は熟知しているが、二手に分かれて逃げられてしまったら、どちらかの追跡を断念するしかなくなってしまう。そうなる前に二人を同時に確保するのが理想だった。
先回りのために脇道へと入る。警察官に追われているからには、袋小路に追い込まれでもしないかぎり、急に逆走してくることは考えにくい。だとすれば、進行方向の候補は三つになる。
一つ目はそのまままっ直ぐ大通りを進むコース。二つ目は人通りの多い明るい脇道のコース。三つ目は人通りの少ない住宅街につながる脇道のコースである。
人混みに紛れるのなら二つ目を選ぶのだろうが、人通りが多いだけに通りをすんなりと突破するのは困難であるし、警察の応援が到着して道を封鎖されてしまえば、狭い区画に閉じ込められてしまうことになる。
一つ目の大通りを逃げるコースは人目に付く。監視カメラも多いので、指名手配の証拠を多く残すことになるし、逃げ方も単調になってしまう。
だとすれば、逃げやすく人目に付きにくい、三つ目の人通りの少ない路地に逃げ込む可能性が高いような気がする。
涼真が裏路地を走っていくと、案の定、二人の逃走者を見つけた。
何をしでかしたのかは分からない。だけど、後ろめたいことがなければ警察官から逃げる必要はない。
年齢は同じくらいだろうか。もしかしたら相手の方が少し上かもしれない。同年代なら身体的な差はそれほどないだろう。あとは日頃の鍛練を積んでいるかどうかで結果は変わる。
走り抜けていく逃走者の脇から体当たりをするように飛び出した涼真は、男の着ている服のフードを掴んで思いきり後ろへと引っ張った。
前にかかっていた重心が一気に後ろへと移ってバランスを崩した男は、尻餅をつくようにして倒れた。こうなると、一瞬何が起きたのか本人には分からない。
そんな男の胸元を涼真は体重を入れるようにして蹴り飛ばして完全に転倒させると、驚いているもう一人の男の顔面に今度は容赦なく拳を叩き込んだ。
攻撃は、問答無用の先制攻撃が一番効果的である。
「何しやがる!」
どうやら簡単な日本語程度なら話せるようだった。
涼真は何も答えずにもう一度拳を叩き込んだ。プロのボクサーではないが、しっかりとしたトレーナーから教えを受けて、複数人相手の実戦でも使用したことの拳である。その拳は重い。
男は完全にノックアウトされて倒れた。
ふと最初に転倒させた男の方を見ると、懐から拳銃を取り出そうとしていた。
涼真の足が跳ぶ。足は男の手に当たって、その中の拳銃を弾き飛ばした。
公務執行妨害と銃刀法違反。最低でもその二つの罪を犯しているのは確定的だと思うが、おそらく罪状はそれだけにとどまることはないだろう。
「おいお前、そこで何をしている!」
声がした方を見ると、先ほど二人を追いかけていた警察官たちがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
任務は完了である。容疑者を逮捕して取り調べをするのは、今回の自分の仕事ではない。
涼真は闇夜に紛れるようにして倒れている男たちの傍から離れていった。
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