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銃弾
桐谷雅彦は上機嫌だった。
任務を終えた涼真が繁華街に残っていた桐谷のもとに戻ると「お疲れ様でした」と労いの言葉をかけられた。
仕事上は上司と部下。プライベートでは叔父と甥という関係はいまだに続いている。
過去の過ちによって戸籍を抹消されている涼真にとって、今は桐谷雅彦だけが唯一の身元保証人である。友好的な関係を築いておいた方が得なのは間違いない。
だけど、涼真はまだ桐谷に気持ちを許すことができないでいた。
桐谷から受けた最初の任務が殺人だったせいもある。殺人で捕まり、法の裁きを受けたはずの自分が、今度は国家権力を背負い、任務で殺人を行っている。
涼真が殺人に快楽を見出すような性格なら何でもないことだったのだろうが、しかし、不幸なことに涼真はそうではなかった。
罪悪感ばかりが積もっていく。
でも、そんな涼真のことを桐谷はとても気に入っていた。
「食事前で良かったですね。お腹がいっぱいだったら、さすがに涼真くんもスムーズには動けなかったでしょう?」
「いえ、そんなことは」
否定はしてみたが、それはその時になってみないと涼真にも分からなかった。
涼真は桐谷に連れられて店に入った。
独りでも通っていたモダンタイムスという名のバーはもう閉店してしまっている。マスターが代わると店の雰囲気も変わる。改善しているはずが改悪になっていて、そして既存の客を失なっていく。代替りしてから閉店するまで一年もかからなかった。
今日の店は、隠れ家のように薄暗かったモダンタイムスと違って、明るいダイニングバーだった。音楽もジャズではなくオールディーズのアメリカンポップが流れていた。
「何でも好きな物を頼みなさい」というので、涼真はジントニックと牛すじ肉の辛いスープを注文した。
「先ほどの二人ですが、入国申請を却下された者たちだったようです。国が誘導するがままに反日思想に染まり、過激な活動に身を投じていく。自らに降りかかった不幸を他国のせいだと思い込むことで、自分の中の空虚な気持ちを満たして免罪符にするわけです。その意味では純粋で迷惑な人たちですね」
桐谷はケータイ端末を操作して警察のデータベースから得た情報を話していた。
外国人の入国の是非は国家の有するごく自然な権利の一つである。国家は国民の財産や生命を守る義務があり、それは外国人の人権より優先されるべきものである。
もし外国人の権利が国内法よりも優先されるとしたら、それは国家の尊厳への冒涜であり、存在意義への挑戦だ。自国民を守れない国家に価値はないからである。
しかし、現実問題として入国申請を却下されたはずの外国人が国内を彷徨いていた事実がある。これは彼らが入国管理局の監視を振り切って不法入国したことを意味している。さらに、その者たちはどこから入手したのか拳銃まで所持していた。この国の管理体制の甘さが垣間見える出来事だった。
権利を重視するがゆえに無礼られる。グローバリズムが台頭したことによって全世界に広まった平等主義は、我が国でも頭を悩ませている問題だった。
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