銃弾

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 牛すじ肉の辛いスープは空になっていた。  ミックスナッツをつまみながら、涼真は桐谷の話に耳を傾けていた。 「人間というのは自由に憧れます。その先に幸せがあると漠然と思い込んでいるからです。しかし、実際に自由を手にした者が抱くのは、孤独感だったり、不安感だったり、無力感だったりするわけです。  権威を嫌い、そこから抜け出すことができたかと思えば、次の問題点が見えてくる。  自由を実現するのに必要な資本は金融資本です。それはお金が世界を支え動かしているからです。しかし、お金を稼ぐには労働などの時間的拘束を許容しなければならないし、お金を動かす力を持った権威に擦り寄らなければならない」  店の中には、大きなテレビが誰でも目にすることができる場所に一台設置されていた。  音声は店の雰囲気を乱さないようにミュートになっている。テレビ画面には現在アメリカを訪問中だという実業家が映っていた。  ジェラルド・リーフ。彼は世界的なコングロマリット企業『ニューコム』の総帥である。  ネットワークと高速通信が当たり前になった現在において、情報の高度なセキュリティ管理技術と活用ツール群はどこの国も喉から手が出るほど欲しいものだった。  それをニューコムは全世界規模で実現させた。功労者はジェラルドの支援を受けた日本人技術者の三沢(みさわ)律子(りつこ)である。  彼女は知る人ぞ知る天才であったが、世間的にはほぼ無名の人物だった。しかし、その発想は繊細にしてダイナミックであり、その技術は他に並ぶ者がいないほどであった。  数年前、情報産業において業界を独占していたのはGAFAを代表とするアメリカのIT企業だった。あらゆる情報はアメリカに集まり、アメリカによるデジタル上での世界統治が到来するものだと誰もが予想していた。しかし、三沢律子の開発したシステムはそれに真っ向から挑戦するものだった。  ドバイでの演説で、情報を漠然と市場競争に委ねるのではなく世界共通の資産として捉えて共同管理していくことの必要性を説いたジェラルドは、全世界に好意を持って受け入れられた。  その背景には、エドワード・スノーデンが暴露したPRISMというアメリカの大規模監視システムの存在と、中華製のIT機器に秘密裏に搭載されていた情報通信チップの存在があった。  しかし、苦心の末に開発したシステムの発表の場に三沢律子の姿はなかった。完成直前に心臓発作で突然死してしまったそうだが、アメリカの手によって暗殺されたという噂もあった。  そんな彼女が生み出したシステムの名は『プロメテウス』という。  ギリシャ神話において大神ゼウスから火を盗み出して人々に分け与えた神話上の人物の名前がそこにはあった。
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