狙撃手の行方

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狙撃手の行方

 世界中に支社や支店を持ち、先進国から発展途上国に至るまでの誰しもが何らかの形で恩恵を受けているといっても過言ではないほどの大企業ニューコム。その総帥であるジェラルド・リーフの死は、世界中の人々に驚きを持って受け入れられた。  彼が亡くなる直前まで行っていたのが、プロメテウスシステムの全世界共同運営という前代未聞の高度ITインフラの無償提供だったために、その進展が滞ってしまうことを危惧する者などもいた。だが、何よりも一番センセーショナルだったのは、彼の亡くなる瞬間を、かつてアメリカのダラスで暗殺されたジョン・F・ケネディの時のように、大勢の人たちがリアルタイムで目撃したことだった。  ネット上にはその銃撃される瞬間の映像が乱立した。そしてその映像はどれも高い再生回数を記録した。映像を見て多くの人が涙を流した。それは彼が生前に行っていたことの正しさを証明しているかのようだった。  一週間後。FBI(中央連邦捜査局)の捜査の結果、一人の容疑者が浮上した。  ヴィンセント・モラン。アメリカ海兵隊に所属し大佐の階級にまで昇りつめた男だった。 『モラン大佐はオリンピックのクレー射撃で金メダルを受賞したこともありました。そして事件の数日前には、酒場でプロメテウスシステムのことを「アメリカの国益を侵害するものだ」と話していたようです』  テレビでは国内のニュースでもないのに、連日のようにジェラルド・リーフ暗殺事件の続報を流し続けていた。  モランが愛国者であるとするなら、プロメテウスシステムの導入に反対する勢力の仕業であることはほぼ間違いないのかもしれない。しかし、その所業と読みは大ハズレである。  モランが世界中の人々から好感を持たれていたジェラルドを暗殺した結果、逆に彼を神格化させてしまった。それによって、いまアメリカ国内ではプロメテウスシステムの導入に反対する声を上げることが、極めて難しい世論が形成されつつあるという。 「皮肉なものですね。しかし、一度世論が形成されてしまうと(あらが)うのは難しい。問題は、中身もよく分からないままに物事が次々と決まっていってしまうことです。国民の生活を左右することなのに冷静な議論ができない」  確かにプロメテウスシステムにも問題点はあった。それは個人情報管理の部分になる。  あらゆる情報(行政、金融、教育、医療、雇用、就業、ショッピング、商業サービスなど)が連結されることによって、これまでを遥かに越える利便性に富んだサービスの構築が可能になる反面、どこで何をしていてもシステムに情報を収集され続けることになる。  これは悪意のある言い方をするのなら、全ての人間がプロメテウスというシステムの(おり)に入れられることを意味していた。
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