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蒼月涼真は桐谷雅彦の話を黙って聞いていた。
呼び出された以上は何らかの指令が下されることは想定できていたが、それが何なのかまでは分からなかった。
桐谷は一枚の写真を懐から取り出してテーブルの上に置いた。
写真にはテレビのニュースで見た外国人の男性が写っている。
涼真は一瞬で全てを理解した。
「もしかしてこれは」
「そう、ヴィンセント・モランです」
正解だった。
桐谷は話を続けた。
「先日、FBIから公安に協力要請が入りました。マスコミにはまだリークされていませんが、モラン大佐はリーフ氏の暗殺事件に関わった後、すぐにアメリカを出国していて、今、この日本に来ているようなのです」
「彼を捕らえろと?」
「はい」
桐谷が冗談を言うような性格でないことはよく分かっている。そして自分に拒否権がないことも理解していた。
「どうして日本に来たのでしょう?」
国外逃亡するならアメリカと敵対している国に向かった方が保護を求めやすい。同盟国である日本の場合、犯罪人引き渡し条約に則って突然拘束されてアメリカに連れ戻される可能性があるからだ。
「指名手配された犯罪者が行おうとするのは、『犯した罪の正当性を誇ることか』、『その身の潔白を証明しようとするか』のどちらかです。そして、モラン大佐は状況判断に優れた人物だったと聞いています。つまり、リーフ氏を暗殺したらどうなるかの予測はできていたということです。
だから、彼の目的が犯した罪の正当性を誇ることではないとしたら?」
「汚名を晴らそうとしている可能性があると?」
涼真の問いを受けて、桐谷は一瞬だけ思考を巡らせたようだったが、すぐに頭を振って断定を避けた。思い込みは判断力を曇らせる。
「まだ判りません。とにかく、彼を生きたまま捕らえることが日本とアメリカの意向であると肝に命じておいてください」
「はい」
涼真は頷いた。
しかし、どうやって彼の行方を追えばいいのだろう。人探しの経験など涼真にはなかった。
「モラン大佐の行方については、公安が総力を上げて捜査中です。もしかしたら今回は涼真くんの出番はないかもしれません。
しかし、気になっていることがあります。そして、もし私の考えが当たっているとしたら、別の意味で困ったことになります。その時には、よろしくお願いしますね」
意味が判らなかった。
日本の公安組織の立場上、モラン大佐を捕まえなければならないのはよく分かった。しかし、それに付随していると思われる『気になっていること』というのは何だろう。
そして、どうやら涼真は、その『気になっていること』のために呼び出された可能性が高かった。
「意味が判りません。気になっていることというのは何ですか?」
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