再会

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再会

 辺りはまだ暗かった。  冷たい空気。吐き出す息は白い。冬の早朝である。  蒼月涼真はウインドブレイカー姿で部屋を出た。  帽子は持っていない。だけどバンテージグローブなら持っている。  バンテージというのはボクシングをする者が手首や指先を保護するために巻く包帯のような長い布のことで、バンテージグローブとはその形状がグローブ状になっているもののことをいう。通常のバンテージに比べて長時間の使用には向かないが、着脱が簡単なので、涼真は軽いトレーニングをするときに愛用していた。  これは昨年の冬に知り合った資産家の北条(ほうじょう)千鶴(ちづる)からサプライズでプレゼントされたものである。  いにしえの毒にまつわる事件。結局活躍したのは涼真の先輩にあたる鷹取(たかとり)将吾(しょうご)の方で、涼真は千鶴の護衛(といっても付き添いでクリスマスパーティーに参加しただけ)をした程度だったが、それでもとても感謝された。  縁というのは不思議なものである。こちらからは何も求めていないのに自然と出来てしまう。  涼真としては、任務が終わったらもう二度と会うこともないだろうと思っていたが、千鶴の方はそのように考えてはいなかった。  事件が終わってからも何かと連絡をしてきては屋敷の中の雑用を頼まれたり、買い物を手伝ったり、食事をご馳走になったりしている。  どうやら涼真が一人暮らしであることを気にかけてくれているようだった。 「歳をとって目も見えなくなってしまうとね、一番の楽しみは誰かと話しをすることなの。優衣奈さんとのお話しも楽しいけれど、ずっと付き合わせるわけにもいかないでしょう? だから、たまには私の話し相手になっていただけると嬉しいわ」  千鶴は視力を失っている。だから身の回りの世話はすべて使用人の伊藤(いとう)優衣奈(ゆいな)が行っている。二人の仲は悪くない。だけど、二人っきりだと互いに気を使いすぎてしまうこともあるらしい。そんな二人にとって涼真の存在はちょうど良いアクセントになっているようだった。  気にかけてもらえてプレゼントまで貰ってしまうと、よほど冷めた人間でないかぎり気持ちは動く。  何かをしてあげたいという気持ちになった涼真は、千鶴の好きな食べ物や好みを気にするようになって、ある時、駅前でいつも行列を作っている店のシュークリームを買って持っていった。  屋敷の前に着いたとき、資産家の老婦人に差し上げるに適当な物なのだろうかという不安が一瞬脳裏を(よぎ)ったりしたが、涼真は覚悟を決めて持っていった。  千鶴はもちろん喜んでくれた。優衣奈はその店のシュークリームの評判を知ってはいたが、いつ行っても行列が出来ているので購入を諦めていたらしい。初めて食べることができると喜んでいた。  贈り物の価値は販売している商品の値段で決まるのではない。贈りたい相手のことを思い、何を贈ったら一番喜ばれるのかを考える。そうすることで、少なくとも『気持ちのこもっていない贈り物』を避けることはできる。後は相手次第である。  しかし、どのような結果になるにせよ、相手のことを思って行動を起こすのと何もしないのとでは大違いである。想いは内に秘めているだけでは相手に伝わらないのだ。  涼真は自分の気持ちを伝えることの大切さを千鶴と優衣奈とのやり取りを通して学んだのだった。  真っ暗な闇が薄らいでいくと、辺り一面は夜明け前の青に包まれていく。  早朝の孤独なトレーニングは続く。  陽が昇るまでのわずかな時間。それは蒼月涼真の一番好きな時間帯だった。  
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