3 反攻作戦

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3 反攻作戦

 対ミーム兵器シールドの7度めの改良を機に、作戦司令部は第8次侵攻作戦を企図した。表向きは志願制だったけれども、隊長とわたしは参加推奨隊員にノミネートされており、事実上の強制だった。 「諸君は精鋭中の精鋭である」と板垣参謀総長は訓辞を垂れた。「豊富な経験を持つ第8次攻撃隊の成功を祈る!」  技術部のふれこみによれば、強化された対ミーム兵器シールドはタキオン汚染を99.9%シャットアウトし、PAA内部にいる限りアンデッド化の心配はない由。  200名の兵士(自殺志願者)を満載したシャトルは秒速17キロメートルで植民星を脱出、敵性惑星の15万キロメートルあたりからありったけの重火器をぶっ放した。核ミサイルや数万度に達するレーザーが照射されたものの、地表に到達する前にそれらのすべてが泡のように消えてしまった。 「いまの見ましたか、渚さん」 「タキオン粒子に阻まれてるんだろうな。過去か未来かどっちだか知らんが、現在以外の時間軸へすっ飛ばされてると考えればつじつまが合う」 「ぼくらもそうなるんですかね」 「わからん。技術部を信じるしかないな」  それはオオカミ少年を信じるのと同義であった。「このなかに弁護士はいますかね」 「いるかもしれんが、なんでだ?」 「遺言を書きたいんですよ」  地表にシャトルが着陸したとき、兵士の95%が消え失せていた。べつに驚くべきことではなかった。技術部の大言壮語にはすっかり食傷して久しい。 「なんでぼくたちは時間の波に呑まれなかったんでしょうかね」 「ここが現在だってなんでわかるんだ。あたしらが300年前に飛ばされたのかもしれんぞ」  その通りだ。もうそれ以上考えないことにした。  10名にまで減った攻撃部隊は一路、汚染源を目指してがむしゃらに走った。都市部は死角が多く、レーダー波で捉えきれない曲がり角からいきなりアンデッドが飛び出してくるのには閉口させられた。  本作戦のために脳内のミエリン鞘を光ファイバー化、反応速度が劇的に上昇しているのでとっさに反撃はできるものの、その都度ミーム汚染兵器をもろに浴びる結果となった。不思議なことにそれに耐えられる者とそうでない者がいるようで、奇襲を受けるたびにわが軍は縮小していった。 「どうもあそこがクサいな」 「ぼくの股間のことを言ってるんですか。戦闘中にまで清潔感を求められてもね」  渚さんは冗談に取り合わなかった。「タキオン・カウンターを見てみろ」  わたしはヴァイザのディスプレイに数値の表示を命じた。彼女の言っている意味が即座にわかった。目前に林立する実験棟らしき無味乾燥な建物から、すさまじい濃度のタキオンが検出されている。  近づくにつれ、わたしは目の錯覚に悩まされた。建物がぼろぼろに風化しているかと思うと、次の瞬間には建築間もない真新しい状態に見えるのだ。「どうもぼくの頭はおかしくなったようですよ」 「因果関係が崩壊してるんだろう。過去と未来がごっちゃになってやがる」  ついに建物内へ侵入した。時間軸は数秒おきに変動し、めまいを起こすこと必定である。 「ぼくたちはなんでアンデッドにならないんですかね。それとも気づかないだけで、もうなってるのかな」  部隊は案の定、われわれ二人だけになっていた。 「技術部が優秀だったんだよ、きっと」  これには声を上げて笑った。笑いながら、はたと思い当たった。「どうもタキオンに影響されにくい人間がいるようですね」 「――それがあたしらってことか?」  建物内にはアンデッドがうじゃうじゃ湧いていた。片っぱしからレーザーで融かしていく。エネルギー切れの心配はしなくてもよかった。過去のフェイズが一瞬でも訪れれば、核融合炉内の重水素量は満タンになる。 「量子論のコペンハーゲン観測問題があるでしょう、きっとあれなんですよ。現在を正確に観測して波動関数を収束させる能力。これをぼくたちは持ってるんじゃないでしょうか」 「筋は通ってるな。帰ったら学会に発表したらいい」 「そうするつもりです」小声でつけ加える誘惑には勝てなかった。「無事に帰還できればね」  それはあっさり見つかった。研究室の内部に楕円形のレールがあり、凍えそうな冷気を発している。「超小型の加速器ですね」 「円周上に陽子を走らせて衝突させるしろものだな。でもこんな小型でなにができるのかね」 「超伝導磁石の配置を工夫すれば大型加速器なみの速度は出せますよ。何周もさせればほぼ光速にまで加速できたはずだ」  加速器の上空に、かろうじて視認できる程度の小さな黒い点が浮かんでいるのを〈オラクル〉が見つけた。 〈危険です。既知の物理学では説明不能の物体が浮遊しています〉  すぐにピンときた。「マイクロブラックホールですね、こいつは」 「諸悪の根源だな。あたしらの宇宙にゃ超光速粒子はなかったけど、こいつがどこかよその、タキオンなんて罰当たりなしろものがある宇宙とつながってるせいで漏れてるんだ」 「でもおかしいですよ。こんな極小サイズなら、ホーキング放射でとっくに蒸発してるはずだ」 「そうならない理由があるんだろうさ」  われわれは施設の破壊活動をおっぱじめた。が、もちろん無駄だった。一度でも過去に遷移すれば、設備は新品同様に生まれ変わってしまう。エネルギーが供給され続ける限り、ブラックホールは蒸発しない。 「お手上げですな、タキオンが漏れてる限り、こいつは無尽蔵のエネルギーを供給されてるも同然です」  西園寺隊長は答えなかった。 「退却しましょう。あとは軍の研究部門に考えさえりゃいい」 「たとえなんらかの解決策が見つかったとしても、ここまで無事にもう一度辿りつける保障はない。そうだな」 「ぼくたちがバカヅキしてたのはまちがいないでしょうね」ようやく彼女のようすがおかしいことに気づいた。「なにを考えてるんです」 「要は向こうへいって、タキオンの漏洩を止めりゃいいんだろ」渚さんがマイクロブラックホールへ一歩、近づいた。「日下部、おまえとすごした3年間、楽しかったぜ」  止める間もなかった。西園寺隊長機が事象の地平線の向こうへ消え失せたと思った瞬間、めくるめく白昼夢の世界がだしぬけに固定化された。ぼろぼろに風化した、打ち捨てられた実験棟にわたしは突っ立っていた。加速器は稼働しておらず、呪わしい黒い点も見当たらない。  世界は現実感を取り戻した。わたしには喪失感だけが残った。
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