01.あめ色ハニームーン

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「えええー、旦那さん、髪まで洗ってくれるの?」 「やっさし~い。羨まし~いっ」 「あ、いや。…たまにだよ、たまに」 工場の社員食堂で。同僚と遅めのお昼休憩を頂いている時。 髪が長いと洗うのも乾かすのも面倒だという話になったんだけど。 そういえば最近、私はあまり自分で洗っていないということに気づき、話を振られたのでそう答えたら、 「いいなぁ、旦那さん、めっちゃめちゃ優しい」 「それでいてあのルックス」「半端ない才能」「素晴らしい稼ぎ」 「「最高じゃ~~~んっ」」 同期のお昼友だち、モカちゃんとルカちゃんに目をキラキラさせながらハモられた。 …最高。 いやまあ、確かに。 今の私の状況を表すのに、これほどピッタリな言葉もないだろう。 なんせっ、私、雨宮つぼみは、 最愛の人、雨宮ななせと『結婚』したばかりの『新婚』なのだからっっ 「チッチッチ、何言ってんの。そんなの最初のうちだけよ」 「結婚は人生の墓場とはよく言ったもんだわ」 「男はATM、女は無償の家政婦よ」 隠そうとしても滲み出てしまう幸せオーラに、内心ドヤっていた私の鼻は、隣のテーブルから飛んできた非情な声によって瞬時にへし折られた。 「出たっ、チッチッチシスターズ」 「人生の酸いも甘いも嚙み分けた、孤高のオバトリオ」 モカちゃんルカちゃんが待ってましたとばかりに手を叩く。 「「「誰がオバじゃこら」」」 お昼休憩を同じくするパートタイマー職員のサッチー、マッチ―、ミッチーこと中年ラスボスおば軍団(社内調べ)チッチッチシスターズがそろって振り返る。 「そうね、まあね、新婚だものね。浮かれるのも無理はない」 「でもね、そんなの一瞬で消える淡雪のようなもの」 「夢のまた夢。暖簾(のれん)に腕押し。猫に小判」 人差し指を立てて横に振るおなじみのポーズを取ったシスターズたちが断言した。 …猫に小判? 「10年もすりゃあ髪洗うどころか靴下洗うのも嫌になるのよっ」 サッチーが水の入ったグラスをドンっとテーブルに叩きつける。 「奴が入った後の風呂掃除をする苦痛っ」 「脱いだスリッパを触る時の勇気っ」 マッチ―、ミッチーもそれに続く。 「えええー、なんか重い」「実感こもってる」 シスターズたちの迫力にモカルカがたじろぐ。 「洗濯したズボンから丸まったパンツが出てきた時の殺意ったらっ!!」 「待ってサッチーっ、早まらないでっ!!」 「…り、リアリティが凄い」 寸劇を始めたシスターズに完全に押されたモカルカだったが、 「ででで、でもっ。相手はあのナナセくんですよ!?」 「国宝級イケメンにして世界的大スター、Galaxies(ギャラクシーズ)のナナセくんっ」 「パンツなんてお宝コレクションの最たるものじゃないですかっ」 切り札のように『Galaxiesのナナセ』を口にした。 そう。 私の旦那さまであるところの雨宮ななせは、 今をときめくミュージシャンであり、Galaxiesという人気バンドのプロデューサー兼ギタリストで、その活動は国内外に広く知れ渡っている。Galaxiesが昨年発表したアルバムは複数国で初登場首位を獲得し、今やアーティスト・ナナセは世界中の人々から支持を集めている。
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