344人が本棚に入れています
本棚に追加
「えええー、旦那さん、髪まで洗ってくれるの?」
「やっさし~い。羨まし~いっ」
「あ、いや。…たまにだよ、たまに」
工場の社員食堂で。同僚と遅めのお昼休憩を頂いている時。
髪が長いと洗うのも乾かすのも面倒だという話になったんだけど。
そういえば最近、私はあまり自分で洗っていないということに気づき、話を振られたのでそう答えたら、
「いいなぁ、旦那さん、めっちゃめちゃ優しい」
「それでいてあのルックス」「半端ない才能」「素晴らしい稼ぎ」
「「最高じゃ~~~んっ」」
同期のお昼友だち、モカちゃんとルカちゃんに目をキラキラさせながらハモられた。
…最高。
いやまあ、確かに。
今の私の状況を表すのに、これほどピッタリな言葉もないだろう。
なんせっ、私、雨宮つぼみは、
最愛の人、雨宮ななせと『結婚』したばかりの『新婚』なのだからっっ
「チッチッチ、何言ってんの。そんなの最初のうちだけよ」
「結婚は人生の墓場とはよく言ったもんだわ」
「男はATM、女は無償の家政婦よ」
隠そうとしても滲み出てしまう幸せオーラに、内心ドヤっていた私の鼻は、隣のテーブルから飛んできた非情な声によって瞬時にへし折られた。
「出たっ、チッチッチシスターズ」
「人生の酸いも甘いも嚙み分けた、孤高のオバトリオ」
モカちゃんルカちゃんが待ってましたとばかりに手を叩く。
「「「誰がオバじゃこら」」」
お昼休憩を同じくするパートタイマー職員のサッチー、マッチ―、ミッチーこと中年ラスボスおば軍団(社内調べ)チッチッチシスターズがそろって振り返る。
「そうね、まあね、新婚だものね。浮かれるのも無理はない」
「でもね、そんなの一瞬で消える淡雪のようなもの」
「夢のまた夢。暖簾に腕押し。猫に小判」
人差し指を立てて横に振るおなじみのポーズを取ったシスターズたちが断言した。
…猫に小判?
「10年もすりゃあ髪洗うどころか靴下洗うのも嫌になるのよっ」
サッチーが水の入ったグラスをドンっとテーブルに叩きつける。
「奴が入った後の風呂掃除をする苦痛っ」
「脱いだスリッパを触る時の勇気っ」
マッチ―、ミッチーもそれに続く。
「えええー、なんか重い」「実感こもってる」
シスターズたちの迫力にモカルカがたじろぐ。
「洗濯したズボンから丸まったパンツが出てきた時の殺意ったらっ!!」
「待ってサッチーっ、早まらないでっ!!」
「…り、リアリティが凄い」
寸劇を始めたシスターズに完全に押されたモカルカだったが、
「ででで、でもっ。相手はあのナナセくんですよ!?」
「国宝級イケメンにして世界的大スター、Galaxiesのナナセくんっ」
「パンツなんてお宝コレクションの最たるものじゃないですかっ」
切り札のように『Galaxiesのナナセ』を口にした。
そう。
私の旦那さまであるところの雨宮ななせは、
今をときめくミュージシャンであり、Galaxiesという人気バンドのプロデューサー兼ギタリストで、その活動は国内外に広く知れ渡っている。Galaxiesが昨年発表したアルバムは複数国で初登場首位を獲得し、今やアーティスト・ナナセは世界中の人々から支持を集めている。
最初のコメントを投稿しよう!