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「よ、お疲れ」
本日の業務を無事終えて、モカちゃんルカちゃんと一緒に従業員通用口から工場を出ると、同期の鈴木くんと佐藤くんに鉢合わせた。
「アッキー、ライライ」
「お疲れ様~~〜」
モカルカの声が一オクターブ跳ね上がる。
鈴木アキくんと佐藤ライマくんは営業部に所属していて、新人ながら営業トップの成績を収める同期入社のエース的存在であり、
モカルカの意中の人でもある。
「なんか、降りそうだね」
「傘持ってこなかったな」
「私、持ってるから降ってきたら貸すよ?」
「さすがにみんな入るのは無理じゃね?」
暮れかけた街の中、鈍色の空は重い雲が垂れこめている。
モカ→鈴木、ルカ→佐藤、という恋のベクトルに則り、歩車道の区別がない細い道を2列に並んで歩く。
「あ、俺も持ってる」
「じゃあ、相合傘できるね」
そう言って照れ笑いするモカちゃんの可愛さったら。
最後尾の私は、その様を温かく見守る係。
もどかしくてそわそわして甘酸っぱい。恋する女の子はみんな可愛い。
出来ることなら、私もずっとななせに可愛いって思われたいなあ。
「…そういえば、工員のセイさん。ちょっと気をつけた方がいいかも」
今すぐ土砂降りになればいいのにというモカルカの願いも虚しく、なかなか雨粒が落ちないまま駅が見えてきた頃、私の前を歩いていた佐藤くんが振り返った。
「…セイさん?」
初めて聞く名前だ。
「あ、私聞いたことある」「私も」
戸惑っていると、モカルカが声を上げた。
「総務のアリサさんにストーカーまがいのことして、厳重注意を受けたって人じゃない?」
「思い込みが激しくて怖いってアリサさんが言ってたような気がする」
総務のアリサさんと言えば、社内一の美女で目が合った男性をみんな虜にしてしまうことから、「メデューサアリサ」の異名をとっている人だ。
「そう、そのアリサさんに陶酔してるらしい人」
「作業アルバイトに入ってもらってる男の人なんだけど、何て言うか、雨宮たちのこと異様に見てる、…気がする」
「…え」「…こわ」
モカルカがさり気なく鈴木佐藤の袖をつかむ。
「雨宮は社内でも知られてるから、色々やっかむ奴もいるだろうし」
「一応、気を付けて」
鈴木佐藤の視線が私に集中したので、モカルカはつかんだ袖をまたさり気なく離した。
なるほど。そういう系か。
注目の中には、好意もあるけど、悪意的なものもある。
見た目が飛び抜けて麗しいななせは、とにかく目立ち、昔から注目の的だった。ななせは10歳の時に雨宮家の養子になり、本人も苦労してたけど、姉という立場になった私もまた、随分やっかまれた。
ななせがアーティスト活動を始めてからも、バンドファンのねじ曲がった感情の標的にされたことがある。ほとんど分からないとはいえ、ファンデーションを落とした私の顔は、よくよく見ると、薄っすら火傷の痕が残っている。
「…うん、ありがとう。気を付けるね」
悪意に動じずにいるほど強くはない。
でも。それでも。何があっても。
私はななせのそばにいたい。
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