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05.なみだ色ユアワームス
一階作業フロアは、深夜帯勤務の職員が作業服に身を包み、ロボットと共にラインを稼働しながら黙々と製造に勤しんでいる。
規則正しく、緻密で、迅速で、無駄がない。
機械設備が物々しく並んでいる加工作業エリアを抜け、貯蔵倉庫エリアに急ぐ。トラックが出入りする納品場の先に検品・陳列エリアを経て、冷蔵冷凍エリアが続く。
「お呼び立てしてすみません、こちらです」
冷蔵冷凍エリア前で作業服姿の職員が一人、待ち構えていた。
帽子、マスク、ゴーグルのフル装備で顔は良く見えないけど、背が高くて大柄な男性職員だ。声もくぐもっているけれど、聞いたことがあるような気がするのは、何かで一緒になったことがあるのかもしれない。
「いえ、こちらこそすみません。お疲れ様です」
とるものもとりあえず、大量に届いたがんもどきを詰められるだけ詰め込んでしまったから、冷蔵室も冷凍室もいっぱいになっている。この後も次々と届く商品を収納するためには消費期限の早いものから先に加工処理してしまうしかないけど、そのためには既にフル回転に近いラインを更に稼働してもらうか、他の工場に応援を頼むか、…
悩みながら、男性職員の後に続く。
冷蔵冷凍エリアは寒い。そして薄暗い。
中で作業する職員には安全面を配慮して特有の防寒作業服とヘルメット、長靴が支給されるが、今現在、作業中の職員は見当たらない。
入れ替えできそうな商品を確認したら、この職員さんに手伝ってもらわないとかな、と思っていると、
「…愚かですね、雨宮さん」
重いステンレス製のドアを開けて冷凍室に入ったところで、先を歩いていた男性職員が立ち止まり、床に置いてあった何かを持ち上げると、振り向きざまにその中に入っていた液体を私の頭からぶちまけた。
「…いっ、…!?」
痛くはない。けれど、突如訪れた冷たさは痛みに似ている。
頭から上半身が液体でずぶ濡れになり、驚きと衝撃で何が何だか分からない。
「…愚かすぎる。やはり女神は正しかった。あなたは神の隣にふさわしくない」
え。…なに? なに!?
まるで訳が分からずに呆然としている私を冷凍棚に押し付けると、男性職員は梱包用の縄を取り出し、溢れんばかりに商品が詰め込まれている棚の柱に、慣れた手つきで、私を括り付けた。
「ちょ、…嫌、何するのっ!? 止めてっ!!」
反射的に抵抗を試みるも、大柄な男性相手では無力に等しい。無駄に身体が擦れて痛みが増しただけで、恐怖と驚きで、大した声も出ない。我ながら呆れるくらいあっさりと男性職員の為すがまま、冷凍棚に手足と身体を縛り付けられて動けなくなる。
「…いい表情だ。恐怖に歪む顔。女神に送りましょう」
男性職員は私を縛り上げると満足げにスマートフォンを取り出し、私に向けて耳障りなシャッター音を立てながら写真を撮る。
「…な、んで?」
全然分からない。
この人は誰? なんでこんな目に遭わされているの?
生理的な涙が頬を伝う。寒いし冷たいし、痛い。
怖いし不快だし、パニックに襲われる。
「あなたは渦中にいるのに、火の粉が降りかかってもまるで気づかない。だから業火に焼かれることになるんです。あなたの存在を疎ましく思う人がこの世の中には無数にいるということをお忘れなく」
男性職員が歪んだ笑みを浮かべながら、これ見よがしにゴーグルと帽子を外した。
え、…
「…なんで?」
見覚えのあるその顔を目にしても、同じ疑問しか出てこない私は、やっぱり愚か、なんだろうか。
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