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「あ、…降ってきた」
駅構内まで数百メートルというところまで来て、額に小さな雨粒を感じた。
ここぞとばかりにルカちゃんが花柄の折り畳み傘を取り出すのと、鈴木くんが黒い折り畳み傘を広げるのがほぼ同時だった。
「走るぞ、ライマ」
「じゃ、また明日」
鈴木くんが佐藤くんを傘に入れ、背を向けて走り出す。颯爽とした二人の後姿はあっという間に通勤の雑踏に紛れて消えた。
「…いや、カップリングがおかしいだろう」
残されたルカちゃんが花柄の折り畳み傘を開くに開けず、固まっている。
「相合い傘は隣の人とするって相場が決まってるでしょお―――っ!?」
「…あの二人、駅向こうの社宅暮らしで電車乗らないから」
事態を飲み込めずに荒れるルカちゃんをなだめていると、
「…やっぱ、あそこは二人でまとまってるのかなぁ」
モカちゃんが切なくつぶやき、なんとも言えない沈黙が落ちた。
恋のベクトルを捕まえるのは難しい。両想いは奇跡だ。
「いや、その設定は萌えるけど。こっちもまだまだこれからだから。ガンガン探り入れてこ」
ルカちゃんがモカちゃんの肩を叩き励ますと、モカちゃんも頷いた。
うんうん。ベクトルは気まぐれにくるくる回る。同じ方向を見つめ続けているとは限らない。恋に永遠はない。(いや、私とななせは永遠だけども)
「オンライン同期飲み会でも企画するか」
「彼らの日常ものぞけるし、一石二鳥かもね」
折れてる暇なんかない。
次の策を練りながら、3人で電車に乗った。
自宅最寄り駅に近づくにつれ、車窓に打ち付ける雨粒が強くなっていく。
本格的に降ってきた。
実は私も傘がないんだけど、それは何だか言えないまま、モカルカと別れて電車を降りた。スマートフォンでこの後の天気を確認すると夜まで雨予報。
①走る ②傘を買う ③雨宿りする
どうするかなと思いながら、改札口へ向かいかけて、空気が妙に張り詰めているような艶めいているような感じを受け、
「…え。ななせ!?」
驚き過ぎて声を上げた。
あらゆる空間を照らし出す眩し過ぎる存在。
駅の改札口にななせがいる。
すらりと長い足を惜しげもなくさらしながら駅構内に立つ姿は、物凄く目立っている。
均整の取れたしなやかな体躯。周りより頭一つ分高い身長。
小さな顔に長い手足。マスクをしていても分かる甘いルックス。
帽子をかぶっていても。後姿でもすぐわかる。並外れた存在感。
ななせだけが空間から浮かび上がって光を放っている。
平凡な日常の中で奇跡みたいに輝いている。
「おかえり、つぼみ」
一身に背負う周囲からの視線には目もくれず、ななせの揺らめく瞳が私だけを映し出す。
「え、ななせ? なんで!? なんでいるの?」
「迎えに来たに決まってんだろ」
あまりに意外でオロオロする私に、ななせの甘く沁みる声が降り注いで、引き寄せられた。
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