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痛い。痛い。痛い。
痛みが、殴られた顔の表面から頭の奥にまで広がり、波のように繰り返し襲い掛かって全身を巡る。
寒い。寒い。寒い。
それに必死に耐えていると、殴られた時は熱いとさえ感じた顔や身体が、急速に冷えていった。顔を伝う血も涙も、いつしか凍るように固まっていく。
周囲は静まり返っていて人の気配は一切なく、冷凍装置の稼働音と冷気を回すファンの音だけが妙に規則正しく響き渡っていた。
寒くて寒くて震えが止まらなかったのに、殴られて荒れた呼吸が落ち着くにつれ、震えが徐々におさまってきた。冷やされて痛みが麻痺したのか、だんだん痛みの波が遠のき、震えることさえ億劫に感じる。
身体が重い。
縄で縛られていなければ地面に倒れ込んでしまいそうなほど。
重くて重くて、顔を上げられない。目も開けられない。頭も回らない。
このままここで、死ぬのかな。
ぼんやりとそんな考えが浮かんだ。
こんな冷たい閉ざされたコンクリートの中で。誰にも知られず。
殴られて腫れあがったひどい顔のまま。あんな奴らの思い通りに。
悔しくて悲しくて涙が込み上げる。
なのに。
込み上げるのに、泣くことさえもひどく億劫で、涙が瞳のうちに留まったまま行き場を失くして揺れている。
これで、終わりなのかな。
諦めの境地がゆっくりと這い上がってきて全身を包む。
何か。もっと、もうちょっと、頑張れたような気がするけど。
あと少し、まだ少しだけ、心残りがあるような気がするけど。
何も映さない閉ざされた視界で静寂の中に漂っていると、何もかもがどうでもいいような気分になってくる。ただ、寒くて、冷たくて、ひどく眠いから、もう眠りたい。
静かにこのまま眠らせて欲しい。
『――…つぼみ』
ななせ。
ななせの声がする。
瞳に留まった涙が一粒零れた。
ななせがここに居るわけないから幻聴だって分かっているけど、愛しくて愛しくて涙が零れる。手も足も動かなくて、もうどこも動かせなくて、ななせに辿り着けない。ななせを抱きしめることが出来ない。
『お前もうどこにも行くなよ』
ななせ、ごめんね。
大好き。大好きだよ。
『…頼むから。ここにいて』
心残りがあるとしたら、ちゃんとななせのそばにいられなかったこと。
ななせに要らないって言われても。
置いて行かれても、別れを切り出されても。
泣いてばかりじゃなくてもっと出来ることがあったんじゃないかな。
もっと。
飽きるほどそばにいて抱きしめて離さないで、うるさいくらい好きって言えば良かった。
呆れるくらい鬱陶しいくらいずっとずっとくっついて、もっともっと、たくさん好きって言いたかった。
もう、これで終わっちゃうなら。
「…ななせ」
最後にもう一度だけ。
ななせの優しく沁みる甘い声で、私を呼んで欲しかった。
「…だいすき」
柔らかくて夢みたいに幸せな唇で、キスして欲しかった。
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