05.なみだ色ユアワームス

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―――…つぼみ。 ななせの声が聞こえる気がする。 『――…つぼみっ!!』 暗く冷たい深淵を一人ぼっちで彷徨っていた意識が、ゆっくりと引き上げられる。 眠い。眠たい。もう眠らせて。 痛くて寒くて辛いところに戻るのは嫌。 悪意と憎悪の標的にされるのは疲れた。 「つぼみ、大丈夫か、しっかりしろ!!」 何かが私の身体に触れている気がする。 身体を拘束していた戒めが解かれて、冷たい氷の覆いが剥がされて、身体が何か、別のものに包まれる。 何か。 とても大切なもののような気がするけど。 それが何か分からない。 固さも柔らかさも冷たさも温かさも、何も感じられない。 「くっそ、めちゃくちゃ冷たい、…っ」 その何かがそっと労わるように、だけど確実な強さを持って全身を包み込む。 苦しいくらい切実に。 …苦しい? 否。…愛しい。 「つぼみ、つぼみ、目ぇ開けろ!!」 とても大切な何かが私を呼んでいる。 最後に一つだけ願いが叶うなら、呼んで欲しかった私の名前。 優しい声。低く沁みる甘い声。 夢みたいに幸せで、大好きな、… 「…つぼみっ」 なんで。泣いてる。泣かないで。 大好きで。大好きで。大切な。 何より愛しい、… 「頼むからっ、…俺を置いていくな、…っ!!」 ――…ななせ。 「…だい、…すき」 何か優しい温もりが触れたような気がする。 これ以上ないくらい。優しく優しく。 「…俺も好きだよ」 最後に一つだけ願いが叶うなら、触れて欲しかった幸せの証。 ななせ、泣かないで。 私はここにいるよ。 私の全ては、ななせのものだよ。 「ななせ、こっちだ。ここに乗れ。飲ませられるなら、これ飲ませて」 ゆらゆら揺れる。ふわふわ漂う。 何も見えない暗い深淵から少しずつ明るい方に誘われて行く。 何かが注ぎ込まれて、ゆっくりと少しずつ感覚が戻ってくる。 私を抱いている。 愛しい温もり。 「…なあ、死なないよな? つぼみ、死んだりしないよな?」 「…大丈夫。絶対に助けてやる。お前の発見が早かったから、助けられる」 手足に何かを付けられて、大きな何かに乗せられて、運ばれて行く。 遥か上空の陽の当たる場所へ。大切な大切な、あの人のいるところへ。 どんなに痛くても。冷たくても苦しくても。 あなたがいるなら。そこが私のいるところ。 「だから泣くな。俺は弟も義妹(いもうと)も失くしたりしない」 誰か。別の人の気配がする。 力強くて確実で。確固として頼もしい。 他にもたくさん、誠実で堅実な腕が孤独な深淵から引き上げてくれるのを感じる。 「アイツ、殺してやればよかった、…」 「お前を神って呼んでた男か。あれだけ痛めつければ十分じゃないか」 「…十分じゃねえよ。殺しても殺しても足りない」 「気持ちは分かるが、お前が暴走すると、つぼみが泣く」 「……。」 「お前、記憶があってもなくても変わらないな。そんなに大事なら、ちゃんとつかまえておけよ」 「……。」 自分が急速に引き上げられていく感覚と共に、急激な眠りに襲われた。 微かに残されていた意識が途絶えていく。 眠くて眠くて抗えない。強力な睡魔に引き込まれて。 何か。ななせが言っているような気がするけど、よく聞こえない。 ななせの声も温もりも匂いも、遠く離れていく。 待って。ダメ。眠ったら消えてしまう。 今のななせが。 こんな風に愛おしそうに私を見るなんてありえない。 だからあと、もう少しだけ。 最後に神さまがくれた幸せな夢の続きを見ていたい。
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