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さわさわ。やわやわ。
頭を。髪を。撫でられている。
優しい手。滑らかな指。大きな手のひら。
愛おしむように。慈しむように。
さわりさわり。やわりやわり。
繰り返し。繰り返し。
ただ、触れられているだけなのに。
涙が出そうなほど心地いい。
温かくて安心する。気持ち良くて癒される。
柔らかい手。確かな手。かけがえのない手。
救われる。再生する。励まされる。
大丈夫。この手があれば、何度でも立ち上がれる。
大好きな、…
「…なな、せ、…?」
目を開けると、この世のものとは思えないほど美しい顔がこっちを見ていて、綺麗に澄んだ瞳と目が合った。神秘的な瞳に吸い込まれるように魅せられて、私は天に召されたのかなと思った。
色々あったけど、まあそれなりに誠実に生きてきたつもりだから、天国に行くことが出来たのかも、…
「バカ、…っ、お前っ、…っ!!」
私を見つめる瞳があんまり綺麗で、見惚れてしまった。その瞳に映っているのが嬉しくて、思わずへらっと笑った私を見て、目の前のその人はひどく怒っているような、それでいて泣いているような顔をすると、息も出来ないくらいぎゅうぎゅうに抱きしめてきた。
…苦しい。
苦しくて、温かくて、切なくて。胸が締め付けられる。
懐かしくて、優しくて、恋しい。ななせの匂いがする。
「…ななせ」
やっぱり天国かな。ななせの腕の中にいる。
どこよりも。何よりも。一番行きたいところ。
「お前、バカっ!! お前がいなくなったら、俺は、…っ」
ななせの温もりを感じる。
冷たくて暗い底なしの深淵で、もう何も感じなくなっていた身体と心に、ななせの温度がゆっくり沁み入って、じんわりと隅々まで広がって、深く満ちていく。
違う、天国じゃない。ななせを感じる。
温かい。生きてる。触れてる。
柔らかい。優しい。愛しい。
「…大好き」
ななせに触れる身体がある。ななせを呼べる声がある。
ななせを映す瞳がある。ななせを抱きしめる腕がある。
ありがとう、神さま。私をここに、戻してくれて。
「俺は、…っ」
私を抱きしめるななせの腕の強さが愛しい。
震えるななせの声音も。少し早い心臓の音も。
ななせを形作る全てが愛しい。
「ななせ、大好き」
やっぱり私は、その気持ちだけで生きているんだ、…
「…大好き」
「うん、…」
馬鹿みたいに繰り返す私を、ななせはもう一度ぎゅうっと強く抱きしめると、額に額を付けて真正面から私を見た。
「…知ってる」
ななせの綺麗な瞳に、涙の膜がゆらゆら光って私を映した。
…そこですうっと我に返る。
物っ凄くひどい顔をした人が映ってますけど!? 殴られミイラ? パイナップルお化け!?
「なんだよ、ななせ。俺も好きって言わなくていいのか?」
衝撃の顔面に硬直していたら、ななせの後ろから白衣姿の侑さんが現れて、優しい顔で私とななせを見た。
「つぼみが目覚めて良かったな、ななせ。いや、ホント大変だったよ。お前がいないと生きていけないって泣いて、…」
「…言ってない。泣いてない」
ななせがぷいっと顔を背けて私から離れた。
私を包んでいたななせの温もりがなくなって寂しい。
「まあ、お前が助かったのはななせのおかげだけどな。電話で異変に気づいて飛んでって。あの極寒の冷凍室で、半裸でお前に体温与えて、救急車でもずっと離れなくて、…」
「うるさい、黙れ。死ね」
ななせが侑さんに体当たりして口を塞ぐ。
ななせがお兄ちゃんにじゃれついている弟のように見える。まあ、実際この2人は兄弟なんだけど。
その平和な光景を見ていたら、じわじわと記憶がよみがえって、自分の状況を理解した。
ここは多分、侑さんの病院で、私は治療を受けて寝かされている。手足の感覚もあるし寒くないし苦しくもない。身体も普通に動かせる。殴られた顔も治療してもらったから、ガーゼと包帯でぐるぐるになっているんだろう。口の中や顔の表面に腫れた違和感があるけど、痛くない。腕に点滴が繋がっているから、鎮静剤を打っているのかもしれない。
そうか。私、助かったんだ。
あの恐怖の冷凍室から助けてもらったんだ。
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