05.なみだ色ユアワームス

9/13
前へ
/106ページ
次へ
「姫井アリサの供述によると、事件の首謀者は別にいるみたいなんですよねえ?」 病室に現れた二人のうち、若い方の男性が意味深な笑みを浮かべた。 二人は警視庁の警察官だと言った。 警察手帳を出し、それぞれに「黒木です」「山邑(やまむら)です」と、名乗ってくれたけど、その目は何だか険吞(けんのん)で、私とななせを見る視線には何か含むものを感じた。不躾にななせと繋いでいる私の手に目を向けた若い方の山邑刑事が、小ばかにしたように口の端を歪めたのも気になる。 「事件の状況報告と言うから許可を出しましたが、患者の容態に触るようなお話ならご遠慮下さい」 「まあまあ先生。そう尖らずに」 その一種の圧力のようなものは侑さんも感じたみたいで、病室に案内したことを後悔している口ぶりだったけど、刑事さんたちは全く引く気はなさそうだった。特に年長の方の黒木刑事は、えもいわれぬ貫禄があって、多少のことではまるで動じなさそうに見えた。 「押収された(せい)被疑者のスマートフォンに残された記録から、清が『女神』と慕うのは姫井アリサで間違いありません。姫井を讃えるありとあらゆる記録が残されていますし、冷凍室で撮影されたものを含めて、雨宮つぼみさん、あなたの画像が何百点も送信されています」 山邑刑事が手帳を見ながら話すのを聞いて、げええ、となって、吐き気がした。 画像が何百点て。想像しただけでぞっとする。 冷凍室で撮影された時の恐怖が甦る。 清健の狂気に満ちた目と容赦ない暴力が甦って空寒くなる。 カメラのレンズは悪意を遮断しない。 無意識に震えたのか、ななせが慰めるように繋いでいる手に力を込めて、親指で撫でてくれた。その様子を逐一観察するように見る刑事さんたちの視線が何だか(かん)に障る。 現在、清健は搬送された病院で治療を受けているらしい。(ここで黒木刑事が目をすがめてななせを見て、ななせはふいっと目を逸らした。) 清健の意識ははっきりしており、取り調べには素直に応じている。自分の犯行は認めているものの、女神降臨等々、現実と妄想の区別がついていない様子が見られ、今後精神鑑定を受ける可能性がある。 「今のところ、最も有力な証拠は清のスマートフォンの記録です。姫井とのやり取りも残っていますし、半年以上前から雨宮さんの様子を観察し、綿密に計画を練っていたことが伺えます。イギリスでの接触やマスコミへのリーク、商品の大量発注から冷凍室での犯行についても、『女神』である姫井に詳細に報告しています」 山邑刑事が淡々とした口調で説明を続ける。 まあ、そんなようなことを清健本人も自慢げに語ってたけど、半年前って言ったら会社に入社するよりも前になる。そんなに前から狙われていたのかと思うと、ぞっとするどころじゃない。 ていうか、それってななせが結婚を公表した頃だよね。 ななせのことが好きだったアリサさんがそれを許せなくて、一連の事件に繋がった、ってことなのかな。 「しかし、姫井からの返信は極端に少なくなっています。本人の弁を借りれば姫井自身は清の一方的な妄執(もうしゅう)に恐怖を感じており、何とかして清の執着から逃れたかったようです。ただ、今回は『神』の采配なので従う他なかったと。実際、姫井の送信履歴は、とあるところからのメッセージの転送のみです」 そこで、わざと間を開け、刑事さんたちは値踏みするように私とななせと侑さんの顔を順番に見た。 「さて、どこから送られたメッセージだと思いますか」 ずっと繋いでくれていたななせの手が力なくするりと離れた。 「…そういうことか」 ななせがすごく、…すごく痛そうな顔をしている。 「お心当たりがあるようですね、雨宮ななせさん」 刑事さんたちが我が意を得たりとばかりにひどく不気味な笑みを浮かべて、ななせににじり寄った。
/106ページ

最初のコメントを投稿しよう!

344人が本棚に入れています
本棚に追加