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「侑さん、ななせ、大丈夫ですよね? 帰ってきますよね!?」
ななせが病室を出て行ってから、早何時間かが過ぎている。
全く、何にも、手につかない。
なんで、ななせ? なんで、なんで。
考えても分からないし、どうしようもないことばかりがぐるぐる頭を回って、何もできない。泣いて何かが変わるなら、大声で泣き喚きたい。
「大丈夫だ。任意同行ってことだろう? 逮捕されたわけじゃない。ななせは何もやってないんだから、帰ってくる。絶対取り返す」
侑さんが力強く言い切ってくれた。
侑さんは知り合いの弁護士さんと電話したり、お父さんの穂積さんに連絡を取ったりして、ななせが早く帰って来れるように手を打ってくれていた。
その間私は何もできずに、祈ることしか出来ずに、そんな自分が不甲斐なくて悔しくて、殴られるより苦しい。ななせを守りたいのに。出来ることが何もない。
冷凍室の冷たさよりも、殴られた痛さよりも。
ななせに何かあった方が嫌だ。ななせが疑われるなんて、絶対に嫌だ。
「…弁護士と調べてみたんだが、海外で蔓延しているサイバーテロの一派に目を付けられた可能性がある。ななせは世界的に名が知られているから、アカウントを乗っ取れば有効利用できる。そもそも列車テロ自体、その組織が起こした可能性が高い。ななせは事故直後、昏睡状態だったから、そのどさくさに乗じて情報を盗ることも容易かっただろうし、生体認証を組み込むことも出来たんだろう」
侑さんの存在が心強い。
ほんの少しも、ななせを疑っていない。全面的にななせを信じている。そういう人がいてくれることが嬉しい。
ななせは誤解されやすい子どもだったから。
今も。ななせはたくさんの人に囲まれているけど。
中には見た目や才能に惹かれて良からぬ企みを持って近づいてくる人もいる。利用目的の人もいる。
どうしたら、ななせを守れるだろう。
『ねえ先生。通話中のまま置き去りにされたスマホを不審に思ったとして、普通あそこまでやりますか』
ななせは誤解を恐れず、すぐに助けに来てくれたのに、私はななせのために何が出来る?
「…何か、ななせの意思じゃなかったことを証明できるものがあるといいんだがな」
長い長い夜が続く。
侑さんが少し眠れと言っていなくなってからも、勿論一睡もできない。
冷凍室で負った身体の痛みや醜い傷跡も麻痺するくらい、無力な自分への嫌悪感に苛まされる。白い天井と規則正しく落ちてくる点滴液を眺めていると、突如スマートフォンが光り、メッセージが届いた。
『神からの啓示がありました。
今から5分以内に↓の場所に来るように。神を救えるものをお渡しします。
チャンスは一度きり。神のお手を煩わせることは我々の本意ではありません。
単身で事に及ぶあなたの勇気を神は讃えるでしょう。』
スマートフォンの画面に表示された文字に、恐怖心が沸き上がる。
なにこれ。いたずら? 詐欺? 嫌がらせ?
『純然たる神の御使い』
メッセージの下に場所を示すURLとカウントダウンされて行く時間表示。
既に4分30秒を切っている。場所は病院の駐車場を出てすぐ。
迷っている暇はなかった。
点滴の針を抜いて、ベッドから降り、靴を履く。
スマートフォンだけを握りしめ、静かに病室を出て一階に走った。
罠かもしれない。そう思う一方で、私の連絡先を知っているのは、関係者だから。本当に何か証拠になるものを持っているんじゃないかとも思う。
帰れないかもしれない。
そう思ったら、ちょっと、足が竦んだ。
だけど、私に出来ることがあるなら、やらずに後悔したくない。
ななせは私を助けに来てくれた。私の名前を呼んでくれた。
もう、思い残すことは何もない。
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