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06.さいご色コーズアイラブ
「あのぅ、…」
車内は煙だけがひたすら積もる。
時折、助手席の女性が誰かと電話したり、運転席の男性と短いやり取りを交わしたりするけど、全部英語で意味が分からないうえ、ヘビースモーカーらしき二人はずっと煙草をくゆらせているので、沈黙が重く煙が濃い。ホントは、「換気させてもらってもいいですか」と言いたいところだけど、さすがにそんな勇気も余裕もない。
しかしながら。
暗い夜道をスピードを上げて走り続けるバンは、どこに向かっているのかまるで分からないし、これから何が起こるのか、全く見当もつかない。緊迫した不気味な静寂が重すぎて、不安に押しつぶされそうになるので、つい、口を開いてしまった。
「どこに行くんですか」
考えてみれば、この人たちは既に犯行声明を出している。結局何が目的なのかはよく分からないけど、私を連れて行く必要はあるんだろうか。
「フフフ、打ち上げ花火よ。楽しみにしていてちょうだい」
助手席の女性が、前を向いたまま機嫌良さそうに答えた。
…打ち上げ花火?
そんなお祭りわっしょいな雰囲気ではない。
絶対絶対楽しみな展開じゃないことくらい、私にも分かる。
「あの、それじゃあ私は、…お邪魔なんじゃないですかね?」
この人たちの意図するところは掴めないけれど、とりあえず控えめに辞退を申し出てみると、
「あら、フフフ」
助手席の女性がひどく楽しそうな笑い声を上げながら振り返った。
ひどく癇に障る笑い声である。と、同時に、最初に見た時にも思ったけど、この人に以前どこかで会ったことがあるような気がした。
「お姉さんには特等席で見物する権利があるわ。だって、お姉さん、あなたが花火になるんだから」
ぶわあああ、と全身が総毛立つのを感じた。
考えるのもおぞましいけど、それってつまり、…私を打ち上げて空中で爆破させるってこと、…?
現実味は全然ないけど、拳銃などという非日常品を持っているような人たちなら、やってもおかしくないという気がした。
「…フフ、怖いのね。大丈夫よ、一瞬の煌めきで終わる。最期にしては悪くない終わり方だと思うわ」
助手席の女性が含み笑いを死ながら、何の慰めにもならないことを言う。というか、今の発言は空中爆破を肯定している。
「…なんで、ですか?」
自分でも悲しいくらい、声が震えた。
悔しいけれどそんな先行きを告げられて、平気でいられるわけがない。もはや聞いても意味はないかもしれないけれど、最後になるのなら、理由くらい教えて欲しい。
「そうねえ、…」
余裕をかまして煙草をふかす目の前の女性を心底憎く感じる。
この人たちは、人の命を何だと思っているんだろう。
「宣戦布告の狼煙ってところかしら。私たちの存在を全世界に知らしめるのに、『ナナセ』の名声は最高に都合が良かった。今や、全世界が『ナナセ』を通して我々に注目している。だから花火を生配信して、我々の脅威で世界を震撼させる」
夢見がちに話す女性の隣りで、恐怖が増大されて吐くかと思った。
最低。最悪。悪趣味すぎる。
絶対に逃げ出さなきゃ。この頭のおかしい人たちにいいように使われるなんて嫌だ。この人たちに加担することだけは絶対に避けたい。でもどうやって。
恐怖で回らない頭を叱責する。
考えろ、考えるんだ。今考えなきゃ、頭がある意味がない。
などと思ってもそうそう名案など浮かばない。代わりに、不意に思い出した。
この女性、…
「スミスさん、…」
私のつぶやきを拾って、女性がニヤリと口角を上げた。
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