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「降りて。航空ショーの始まりよ」
先にバンから降りたスミスさんが、後部座席のドアを開ける。手には拳銃らしきものを持っていて、その銃口は悲しくもこっちを向いている。
降りたら終わりな気がする。
不意を突いて車を奪って逃走!
というシナリオが一瞬頭に浮かんだけど、運転席の男性はまだそこにいて得体のしれないサングラスと目が合った。不意が突けないうえ、体格的にも勝ち目がない。…だいたい免許を持っていない。
仕方なく車から降りる。
けど、意味もなくぐずぐずしてしまう。普通に。正直に、…怖い。
上空にいたヘリコプターが着陸するらしく近づいてくる気配がして、プロペラ音が大きくなり、周囲に強風が巻き起こった。夜間でも難なく飛んでいるのが凄い。間近に見るヘリコプターに圧倒される。
というか、何気にヘリコプター乗るの、人生初なんですけど。これが初って、悲し過ぎませんか、私。
そんな私の心情を読んでいるのかいないのか、
「お姉さんはこれからダイナマイトと共にヘリから飛び降りるの。最高にスリリングな経験になるわ!」
スミスさんが興奮口調で話し出す。
…全く望んでませんけどね。
なんなら、代わりにどうですか。
「あ、打ち上げ花火じゃなくて、パラシュート花火になるのか、Oh, sorry. My bad! 」
どーでもいーわっ!!
妙にテンションが高いスミスさんに殺意が沸く。
何浮かれてんの、あんた! たまにいるよね、こういう他人の不幸を高みの見物で楽しんでる人っ
なんて。苛立ってでもいないと恐怖に取り込まれる。
ダイナマイトと共に落下? 悪趣味すぎて無理。反吐が出る。
この期に及んで、何とか逃げられないかと周囲に目を凝らす。
隠れられそうな建物はないし、助けを求められそうな人もいない。相手は拳銃を持ってるし、複数だし、武装している。だいたい私は足が遅いし、武道の心得もないし、持ってるものはななせの指輪だけ。
…ななせ。
もうずっと握りしめている。唯一手にすることが許されているもの。
これはまだ、私を忘れる前のななせがくれた。
『…結婚してください』
ななせが永遠を誓ってくれた指輪。
戻ってきて良かった。あの時のななせの思いと一緒にいける。
目の前にヘリコプターが着陸して、砂ぼこりの中目を凝らすと、スミスさんたちと同じ黒ずくめの戦闘服を着てサングラスをしている人影が見えた。運転席と後部座席に合わせて5,6人乗っているだろうか。
…万事休す。
悪あがきしても捕まるのがオチだし、悪くしたらこの場で撃たれるかもだし、もうこれ以上痛い思いはしたくない。
「…ななせ」
ななせはちゃんと戻って来れたかな。ちゃんと誤解が解けたかな。
…悲しませてしまうかな。
「いいわね、今の。悲愴感漂ってて。もう一回言って」
いつの間にか私の隣に立っていたスミスさんが私にカメラを向けていた。
黙れ、ブス。
私は平凡で平穏な平和主義だと思うんだけど、どうしようもない殺意が煮えたぎる。こいつをボコボコにしてやりたい。
でも。
現実には為す術は何もなく、着陸したヘリコプターから次々降りてきた、武装した人たちに、大人しく取り囲まれただけだった。
うち、背の高い一人が足早に私に近づくと、
「Come on!」
乱暴に肩を抱えて私をヘリコプターに促した。
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