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あれ。でも。
この人、なんか、…
私を抱える戦闘員。黒ずくめの武装服で頭も顔も覆われて、目も暗視ゴーグルみたいなものに隠されて見えない。けど。
私をつかむ腕の強さ。均整の取れた体躯。驚くほど長い足。
密着するとほのかに感じる匂い。何より。この声、…
いや。でも。さすがに。まさか。
長くしなやかな腕で痛いほど強く抱えられ、ほとんど放り込まれるようにヘリコプターに乗せられた。私を連れてきた戦闘員も、密着したままほぼ同時に、転がるようにして乗り込んだ。
「Go!」
と、すぐさまドアが閉められ、体勢を整える間もなく、ヘリコプターがぐらりと動いて離陸する。
早っ え、もう?
「Hey, wait!!」
驚いたのは私だけでなく、続いて乗り込もうとカメラと拳銃を手についてきていたスミスさんの慌てたような声がする。
「Freeze!!」
続いて、何やら大声でやり取りする気配があり、にわかに騒がしくなったけど、ヘリコプターは既に地上を離れていて、辺りも暗くて良く見えない。銃声がしたような気もするけど、プロペラ音と離陸音に阻まれて良く分からない。
「Yes! we arrested!」
ややあって、操縦席にいる男性二人が歓声を上げ、ヘリコプター内に安堵の空気が広がった。私の隣にいる戦闘員もほっとしたように、私をつかまえている腕の力を緩めた。
そっとヘリコプターの窓から外を覗いてみると、スミスさんと運転手の男性と思われる二人が後から来た戦闘員らしき人たちに取り囲まれている様子がおぼろげに見えた。
…えっと。つまり。何がどうなった?
「…つぼみ」
まるで状況がつかめない私に隣の戦闘員が向き直ってゴーグルを外す。
「な、…っ!!」
言葉が出ない。
驚きと混乱と。でも直感は納得していて。
とりあえず動けない。
「…ごめんな。もう大丈夫だから」
戦闘員に真正面から優しく強く抱きしめられて、極限で保たれていた緊張の糸がぷつんと切れた。信じられなくて、何が何だか分からなくて、嬉しくて、でも押さえつけていた恐怖心が爆発して、怖くて怖くて、震えて力が抜けて、…ただ。
「…ななせぇ――――、…っっ」
上手く説明できない感情が溢れ出すまま、目の前のななせにしがみ付いてひたすら泣いた。
「…うん。ごめんな」
ななせだ。
私の髪を撫でる手も。心を溶かす声も。広い胸も。強い腕も。
優しい匂いも。穏やかな心音も。しなやかな体躯も。
「俺の指輪、持っててくれてありがとな」
信じられない。
信じられないけど、本物だ。ななせがいる。
全然実感がないけど、この温もりは本物で。重なり合う心音も本物で。
ななせも私も生きて、確かに、ここにいる。
助かったんだ。
狂ったテロリスト集団から、ななせが助け出してくれたんだ。
夢みたいで実感がなくて今更ながら恐怖に襲われて、壊れた玩具みたいに涙が止まらない。しがみ付いてひたすら泣きじゃくる私を抱きしめたまま、ななせが頭と背中を撫でながら優しく優しくあやしてくれた。
「…せっかくなので、外、ご覧になっては」
全然泣き止めない私にななせがゆっくり教えてくれたところによると、操縦席の二人を含めヘリコプターでやってきたのは国際警察の一員なのだという。
世界各国でテロ組織の動きを追い、イギリスの列車爆破で概要をつかみつつあったものの、確証がなく逮捕に踏み切れずにいた。指輪を失くした一件で怪しさを感じたななせは、国際警察に協力して取引に赴き、指輪に一種の盗聴器を仕掛けて、敢えて受け取らずにその後の動きを追うことにした。サイバーテロに自分が利用されたのは不本意ながら、テロ集団が公開した証拠動画で逮捕が確定し、ヘリポートに向かっている車の動きから、先回りしてヘリをおさえた、ということ、らしい。
説明を聞いてもいまいち実感が持てず呆然としている私に、操縦席のうちの一人が日本語で話しかけてくれた。
「綺麗ですよ、東京の夜景」
やっと、ななせの胸から顔を上げ、しゃくり上げながら振り向いて窓の外に目をやる。
一面。宝石箱を撒き散らしたような輝きが広がる。
スカイツリー。東京タワー。都庁。レインボーブリッジ。
航空機で見るより間近に煌めく色とりどりの光に圧倒される。
「きれい、…」
綺麗で泣ける。
この景色が、初ヘリが、ダイナマイトと散るんじゃなくて良かった。
と思ったら、また後から後から涙が溢れてきて、煌びやかな夜景が滲んでしまった。
そんな私を、ななせが後ろから優しく抱きしめてくれた。
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