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「お前さ、やっぱ俺と別れた方が良くね?」
あれ。私たち結構いい感じじゃなかった??
パラシュート花火の恐怖を回避して、図らずも豪華ナイトヘリクルージングを体験してから、丸5日。
侑さんの病院に戻ると、「治療中の身で黙っていなくなるなんて無謀にもほどがある!」と散々怒られ、病室から一歩も出られなくなって、静養と治療に専念し、ようやく本日めでたく退院と相成りました。
が。
改めましてななせに離婚を切り出されております。
「な、…なんでっ!? 良くない、良くないっ! 全然、全く、何にも、一つも良くないよっ!!」
…必死です。
ななせが退院準備に付き添ってくれて、これから二人で久しぶりの新婚マンションに帰るところで。あわよくば、来週末に迫った結婚式にも何気に出てくれるんじゃないかな、とか思っていたのに。
急転直下。なんでそうなった??
テロリスト集団による一連の事件は、スミスさんを名乗っていた女性と運転手の男性、ヘリコプターで待機していた仲間たちが逮捕され、組織の一端は掴めたようだけど、まだ全容解明には至っていない。
警察が彼らの様子を聞きに来たり、ななせの指輪が証拠品として押収されたりして、捜査に全力を挙げているのは分かる。人を駒のように使う人たちが、その考え方を改められるように早く検挙されることを願う。散々な目に遭ったけど、ななせも私も無事だったし、誤解も解けたし、嫌味なミズ.スミスを慌てさせることも出来た。
何より。
ななせが私を助けに来てくれて、この5日間もほぼずっと病室にいてくれて、苦難を共にして相通じるものがあったっていうか、絆が深まったっていうか、やっぱりななせは私のこと好きなんじゃないか、っていうかね。
そういう流れが出来たみたいな気がしていたんですけど??
「いや、だってお前、…」
ななせがチラリと私の顔を見て言い淀む。
顔っ、顔か? 顔なのか!?
私の顔にはまだ清健に殴られた痕がある。腫れも引いて痛みもなくなったけれど、痣はもうしばらく残ると言われている。手足や身体にも寒さで負った傷痕が残っている。
…ブスだからかな。
いや、ななせはそういうことで相手を選ぶような人じゃないと思うけど。
いやでも、列車事故で記憶を失くした後のななせは、ブスとかウニとかその気になれないとか、散々言ってた気もするな。
つまり。
このところ優しかったり距離が近づいたりした気がしたのは、凄惨な事件に巻き込まれた私への、…同情、だったのかな。
「こんな、…」
ななせが私の顔に手を伸ばして、手のひらで頬に触れる直前、動きを止めた。ななせが発する空気が頬を撫でる。痣を隠すためのガーゼが歯がゆい。でもそれは同時に楯でもある。
ななせはすごく痛そうに顔を歪めて、自分の手を握りしめた。
「…いっ、…痛くはないんだよ? そのうち徐々に消えるって言ってたし、結婚式には、…っ」
なんだか。
ななせがどこかに行ってしまいそうな気がして、焦ってななせの手をつかみ、
「…結婚式?」
焦る余り、余計なことを言ってしまったことに気づいた。
「…って、俺らの?」
そんな決断を急がせるようなこと、言うつもりじゃなかったのに。もっと慎重に事を進めたかったのに。いい感じの流れと勢いを作って、ワンチャンに賭けたかったのに―――っ
ななせの沈黙が怖くて、ななせの方を見れなくて、力が抜けたななせの手を祈るような思いで握りしめた。
「…そういや黎に、デザイン頼んだ、…んだっけ」
ななせはイエスもノーも言わず、曖昧な記憶を辿るようにつぶやいた。
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