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マンションに戻る途中でスーパーに寄ってもらい、カートを押すななせと並んで品物を見ていると、店内に居合わせた方々のチラリチラリとした視線を感じた。
ななせが目立つから、というより、あらあらいいわね、新婚さん。一緒にお買い物かしら。という微笑ましい視線のような気がする。
確かに、なんか、新婚さんみたい。
と思いかけて、そういや紛れもなく新婚さんだった、と思い直す。
だいぶ微妙すぎて状況を見失いつつあるけど、ななせが列車事故で記憶をなくす前は、こんな鬼素晴らしい日常が現実だった!! …よね?
「お前、食べたいものある?」
感慨に浸りながら自分の立ち位置を見つめ直していたら、人参とえのきをかごに追加したななせが振り返る。
…待って。
なんでななせってカート押してるだけで無駄にかっこいいんだろう。
新婚さん、最高か。
「え? えーと、私、…?」
思わず思考がとっ散らかって、返答に窮してしまった。
見ると、ななせは既に食材をいくつかかごに入れてる。これは何か料理を想定してだと思うんだけど、それは、えーと、私が食べる? てか、作る…??
「特にないなら、きのこの炊き込みご飯としじみの味噌汁にする」
「えっ!? しじみっ!?」
「…うるせえな。しじみダメなのかよ?」
「ええっ!? ななせがしじみ!?」
だってななせ、しじみはチマチマしてて食べにくいとか子どもみたいなこと言うし。…って、問題はそこじゃない。
「ていうか、する、って!? ななせが作るの!?」
「…お前、いちいちうるせえな」
なんか膨れたななせに頭を横抱きにされた。
「ギギギ、ギブギブ」
全然痛くないけど。心臓に悪い。
ななせが近いし。公衆の面前でななせが近いし。
なんでかななせはいつもいい匂いがするし。
それを吸い込んでる自分が変態みたいな気がしてくるし。
「俺が作るのに文句あんのか」
「めめめ、滅相もございません。きのこたけのこ最高かよっ??」
ふて腐れた様子のななせを全力でフォローしたら、訳が分からなくなった。
「…ばーか」
ふんとななせに見降ろされて解放されると、緩く頬を摘ままれた。
「あら~、仲いいわね~」「さすが新婚さん」
我に返ると、いつの間にやら生温かい視線にさらされている。何この小競り合い。
慌てて周囲にペコペコしてから先に行ってしまったななせを追いかける。
ていうか、ちょっと、噛みしめさせてもらっていいですか。
ななせが!
健康食の代表みたいなメニューでご飯を作ってくれようとしている!?
えええ、ななせ、どうしたの!?
ななせがご飯作ってくれるのは初めてじゃないけど。それは事故より前の話で。なんか距離感というか、甘さというか、…
…記憶。戻ったんじゃないよね?
ななせに追いついて、恐る恐る下から覗き込むと、
「…お前。なんか鬱陶しい」
片手で頭を鷲掴みにされた。
毒舌。暴君。…戻ってない。それがいっそ清々しい。
…清々しいんだけど。
お会計を終えて荷物を詰めた袋を持ったななせが、ごくさり気なく私の手を取った。
「…ななせ」
「何だよ?」
ななせが毒舌なのに優しくて、暴君なのに甘くて、混乱する。
退院からずっと手を繋いでくれているし、寄りたいところ聞いてくれるし、ご飯まで作ってくれようとしている。嬉しいけど、なんだか不安で。
「…どこにも行かないでね」
小さくつぶやくと、それが聞こえたのか聞こえてないのか、ななせは何も答えなかった。
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