06.さいご色コーズアイラブ

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キッチンに立つななせを目に焼き付けたい。 しじみの砂抜きをするななせ。お米を研ぐななせ。 調味料を混ぜて鶏肉を漬け込むななせ。 「…なに?」 牛蒡をささがきにするななせ。油揚げの油抜きをするななせ。 えのきの石づきを取るななせ。人参を細切りにするななせ。 「…なんだよ?」 丁寧に料理の下準備をするレアなななせを逐一見ていたい。 一瞬たりとも見逃さずに目に焼き付けたい。 何が良いってあなた、時々スマホで調理手順を確認してるとこですよ。 可愛すぎる!! 「…邪魔なんだけど!?」 目に焼き付けるなんて生ぬるいこと言ってないで、スマホで動画撮ったらいいんだ! と思い立って録画を始めたら、ななせに切れられた。 画面がななせの手のひらのアップになる。 生命線が長い。これで手相も指紋もこっちのもの。 「…あっ!」 とか思っていたらななせにスマホを取り上げられた。 「ケチ―――っ」 こんなおいしい場面を取り上げるなんてあんまりだ。 ななせは私のスマホをオフにしてカウンターに置くと、膨れている私の頬を片手で潰した。 「ウニ改めタコだな」 「…何するの」 ななせは醜く潰れた私の顔を見て、優しく笑うと、 「暇ならお前も何か作れば?」 調理に戻りながら、誘うように首を傾げた。 人をタコ顔にして気が済んだらしい。 なるほど。 キッチンで、ななせの隣に並んで立つ。 二人で立つとなんか狭くて、なんか近くて、なんかものすごく心が躍る。 ななせを眺めているだけよりも、並んで同じ方向を向いている方が嬉しい。 それになんか、新婚イベント感がある! 「…何作ろう?」 とは言え、ななせがせっかく作ってくれようとしているのに、手を出すのもどうかという気がする。 「…春巻き」 どうしようかと思っていたら、少しかすれたななせの声がした。 「切り干しの?」 隣を見上げると、ななせがこっちを見ずに続けた。 「…も一回作れば」 「うんうん!」 照れてる! なんだかニヤニヤしてしまう。 やっぱり、ななせは切り干し春巻きが好きなんだ。 嬉しくなって二つ返事で引き受けて、材料を用意しようとして気がついた。春巻きの皮、買ってないわ。まあ、薄力粉も片栗粉もあるし、また皮から作るかな。 材料を並べたら、ウキウキしてきた。 イギリスでホワイトラデッシュを探して彷徨ったことを思い出す。いろいろあったな。もしかしたらななせは悲しかった記憶を上書きしようとしてくれてるのかもしれない。 けど、あの時もななせが食べてくれたから。 そして、結局。ななせはずっと私のそばにいてくれたから。 もう悲しくない。 料理は愛だと思う。 ななせのために何かを作れることが嬉しい。 ななせが私に何かを作ってくれることが嬉しい。 『…クソまずい』 …あ。 ふいに、ななせのために初めて料理した時のことを思い出した。 『…そいつ、カレー壊滅的なんだよ』 まだ小学生で、私、覚えたてのカレー作ったんだ。 全然上手く出来なくて、我ながらひどい出来栄えで、正直自分でも食べるのに勇気が必要だった。 それなのに。 ななせは全部食べてくれたんだ、… 『俺の天使と、ちょっと似てる』 やっぱり、あれは私のことなのかもしれない。 ななせは気持ちを全部、忘れちゃったわけじゃないんだ。 「…うおっ」 込み上げる想いのまま、ななせの背中に抱き着いた。 「何だよ、あぶねー、…」 ななせは包丁を置いて手を拭くと、 「…どうした?」 肩越しに私の髪を撫でてくれた。 「…だいすき」 ななせを想う時、私は馬鹿みたいにそれしか出てこない。 ななせが意地悪でも優しくても、暴君でも素っ気なくても、何でも、やっぱり、ななせがいい。私のことを全部覚えていなくても、ただ、そばにいてくれたらそれでいい。 「…明日」 ななせはそれには応えずに、 「まだ仕事じゃないよな? どっか出かけようぜ」 私の頭をポンポン撫でた。
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