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「つぼみ、濡れた?」
マンションの部屋に入ってすぐ、ななせが腕の中に私を入れて、髪に鼻を押し当てる。
ちょ、…っ
「…嗅がないで!?」
「濡れてるな」
しかも何でちょっと嬉しそうなの!?
ななせは忠実な犬のような正確さで私の髪に着いた雨の匂いを嗅ぎ取ると、片腕に私を担ぎ上げ、
「風呂行こ」
「ちょ、…ななせっ」
有無を言わせず、お風呂場に直行した。
ななせと結婚してから、セキュリティの厳しいマンションに引っ越した。母は同じマンションの下の階に住んでいる。だから2人暮らしになったんだけど、お風呂場は脱衣場も含めて以前よりずっと広い。
なぜなら。
「ちょお―――っ、自分で脱げるしっ! ってか、こっち見ないでよっ」
ななせがお風呂好きだから。
ななせはさっさと自分の服を脱いで、彫刻みたいに綺麗な身体を見せつけながら、何なら私を脱がせてくる。
「お前今更。だから、…」
ななせが哀れなものを見るような目を向けてくるから、全力で睨み返したら、『散々見てるし舐めてるし』と続きかけたセリフは、賢明にも飲み込まれた。
「…見てねえから。ほら、行くぞ」
代わりに後ろからぱっぱと服を剥ぎ取られる。
ななせの滑らかな肌が肌をかすめて緊張と期待で胸の奥が苦しくなって身体の奥が熱くなる。
本当は。
仕事帰りだし、汗流したいとかメイク落としたいとか、肌のコンディションチェックしたいとか、いろいろあるんだけども。
「俺、お前と風呂入んの、好き」
うなじにななせの唇を感じて、感覚の全てを持っていかれる。こそばゆくてもどかしくて心地いい。
「…ななせのバカ」
無理。そんな素直に言われたら、もう。
抵抗できない。怒れない。完全降伏。
形ばかりの私の文句にななせが口づけて、抱き上げる。
もはや私にできることは、ななせにしがみついて、幻滅されませんようにと神に祈るのみ。
日々のメンテナンスには絶対手を抜くまい。美容液はケチらずに使おう。
ななせに抱き上げられて、そのままゆっくり落とされたお風呂は、お湯の温度がちょうどよくて、最近お気に入りのバスソルトが入っている。
…ホントもう。ななせ、完全に確信犯じゃん。
「…つぼみ、今日もお疲れ」
ななせの足の間に収まって、未だ緊張感で固まる私を後ろからななせが包み込んだ。ななせの優しい声と唇が耳をくすぐる。
ななせの声と温かいお湯がじわじわと沁みてゆっくりほぐれてほどけていく。
ななせはずるい。
結局、私がななせに勝てたためしはなくて。
「…ななせ」
「ん?」
身を捩らせながら振り返ったら、優しい眼差しに囚われて、
「…お迎え、来てくれて嬉しかった」
やっと素直に伝えられた言葉は、甘い唇に飲み込まれた。
結局、私はいつもななせに幸せをもらう。
目の前にななせがいてくれることが信じられないくらい嬉しくて、幸せで。
文句言っちゃったけど、ななせとお風呂も本当は嫌じゃない。どころか、だいぶ嬉しい。ただ、…
まろやかなお湯とななせの甘い舌にあっという間に溶けだしながら、己の幸福にたゆたった。
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