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07.あした色リユニオン
海岸の駐車場に車を停めて、ななせと並んで砂浜に降りた。
「あっちの入り江まで競争な」
「え!? ちょ、…待ってよ――っ」
無邪気に駆け出したななせを追いかけて、砂だらけになりながら走る。
初夏の風が爽やかだけど、海水浴シーズンにはまだ早く、人影はまばらで、日差しが煌めく波打ち際を独り占めしているみたいだった。
「ちょっと、ななせ、…っっ」
あの足の長さを持つななせに追いつけるはずもなく、あっという間に息が切れる。
「おっせ――っ」
思いのほかななせが楽しそうで、その笑顔が眩しくて、ずっとずっとそんなななせを見ていたい。ななせの背中が遠ざかると不安になる。自分ではどうにもできない何かに飲み込まれて、ななせを失ってしまうんじゃないかと怖い。
ななせは喪失の痛みを知っている。
列車事故に遭った時、記憶を失うほどの恐怖を感じたのも分かる気がする。
ななせに置いて行かれるくらいなら、ななせのことを忘れた方が、マシかもしれない。
「…ほら来い、つぼみ!」
立ち止まって振り返ったななせが、私に向かって両手を広げてくれるから、私はまた、次の一歩を踏み出すことが出来る。ななせがいなくなってしまったら、私はもうどこにも行けない。
「ななせ、…っ」
やっとななせにたどり着いて、その腕の中に飛び込んだら、なんだか涙が出た。今日が嬉しくて楽しくて幸せで、ずっと続いて欲しいと思う。ななせがいなくなる明日なんていらない。
「…なんで泣いてんだよ? 遅いけど。まあ、そんな絶望的に遅いわけでもないっつーか、普通に遅いだけっつーか、…」
…どうか。どうか。
どこにも行かないで。私を置いていかないで。
「…どうした?」
ななせにしがみついて離れない私を抱きしめると、ななせはあやすように背中を撫でて、
「…甘えたか。しょうがねえなあ」
私の頭のてっぺんに唇を寄せた。
ななせの吐息が髪をくすぐる。優しくて切なくて愛しくて、ぎゅうぎゅうにななせにしがみついた。
…ななせのせいじゃん。
こんなに好きにさせるから、失うのが怖くなるんだよ。
ななせは私の髪を撫でながら少し困ったみたいに笑って、
「…もう少し歩くか」
片腕で私を担ぎ上げた。
「…え、わっ」
急に持ち上げられて視界が傾き、焦ってしがみ付こうとしたけど両腕が空を掴む。
「暴れんな。落とすぞ」
「じ、…っ、自分で歩くよっ」
「俺の奥さんは甘ったれてるからなぁ」
わたわたしている私をしっかり抱えると、素知らぬ風にななせが嘯いた。
俺の。奥さん。
思わずななせを振り仰いだけど、ななせの表情は見えない。
それって、どういう、…
なんか、なんか、胸が締め付けられる。
ななせ。私ね。ずっとななせの奥さんでいたいよ。
「なんか、桟橋渡ると島巡り出来るらしいよ?」
入り江まで歩いたななせが、案内板を見つけて私を砂地に降ろす。
「行こうぜ」
ななせがしっかり手を繋いでくれて、入江を渡る。
岩場でシーグラスを探したり、島を巡って神社にお参りしたり、緩い峠を登った先に佇む茶屋で三色団子を食べたり、新鮮魚介類をその場で焼いてくれる網焼きのお店に立ち寄ったり。海岸をぶらぶら歩いたり休んだり眺めたりして堪能した。
隣接する水族館にも足を延ばして、クラゲの群れを見たりウミガメと触れ合ったりイルカと戯れたりした。
ずっとななせと一緒で、見たり聞いたり食べたり触れたりしたもの全てが幸せだった。茜色の空と海を眺めているとなんだか郷愁に駆られて、今を永遠に変えたくてななせの手を強く握った。
「…寒いか? もうちょいしたら、星も見えるらしいけど」
車に戻って一休みしてから、薄いブランケットを持ってもう一度海岸に降りた。すっかり暮れ落ちた海は暗く人気も遠のき、波の音だけが響いて、心細い気もしたけど、見上げると満天の星が広がっていた。
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