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「…ははっ」
考えてみればウエディングドレスを一人で着るとか、土台無理な話だった。物凄くセンスのある素敵なドレスをクローゼットから出したまでは良かったけど。
パニエ? っていうんだっけ?
大変美しく広がったスカート生地を踏まないように真ん中に入るには一体どうすれば、と悩んだ末、ジャンプするしかないかと思って飛び込んだら滑って尻もち。可憐なレース地が破れなかったことに安堵してお尻をさすりながらなんとかスカートの中を陣取る。立ち上がりながらドレスを持ち上げ、上半身に当ててみるも。いやこれ、物凄くぴったりしてるな。微妙に入らないウエストを捻りに捻って押し込んでみる。オッケーオッケー、次は余りまくってる胸だけど、はみ出してる下着も突っ込んで、編み上げになって開いてる背中を閉じれば何とかそれなりに、…
なんかお母さんの衣裳を間違って着てしまった子どもみたいな頼りなさで、ズルズル下がってしまうウエディングドレス相手に悪戦苦闘していると、
…いつの間にか戻ってきたななせに笑われた。
「ちょおお、待ってええ――――っ」
これって途中経過を一番見せちゃいけない奴っ
慌てて胸元を隠して絶叫すると、
「ホントお前、…」
いつの間にか白いタキシードを着ているななせに後ろから抱きしめられた。
「可愛いな」
そのまんま。リアル白馬の王子様ななせ。
の、腕の中で固まるズルズルな私。
が、クローゼット脇に設置されてる姿見に映し出される。
「なっ、…なな、ななせ? 今、…いまっ?」
幻聴じゃなければ、リアル王子様、かわっ、可愛いとか宣った??
鏡の中の、耳の先まで赤い私に、タキシードの着こなしも完璧な王子ななせが、後ろからちゅっとキスしてくれた。
途端に。いろいろ崩壊した。
嬉しいし優しいしビックリだし。
「…何で泣くんだよ?」
あからさまに王子が困ってるんだけど、決壊した涙腺から勝手に涙がどんどん沸き出てしまう。
「…だって。やっぱりななせ、どっか行っちゃうんでしょ。この間までブスとかウニとかその気にならないとか。人のことけっちょんけちょんにけなしてたのに、そんな、思ってもないこと言うなんて。は、は、はなむけって奴なんでしょおおお――――っ」
ウエディングドレスもうまく着られないし。
毒舌ななせが妙に優しくて悪い予感しかしないし。
いろいろいっぱいいっぱい過ぎてブチ切れてしまった。こんな駄々っ子みたいなこと言って、だから愛想つかされるんだって分かってるけど。止まらない。ななせに関しては物分かりの良い大人になんて、一生なれない。
「…可愛いって」
せっかくのタキシードが皺になってしまうかもしれないけど、ななせにしがみ付いて大泣きしてしまった。ななせはそんな私を抱きしめて髪や耳やこめかみに優しいキスを繰り返す。
「可愛い」
甘く掠れたななせの声が降り注ぐ。
「ホントは俺だって、…」
手放したくねえよ。
なんで、ななせ。
飲み込んだななせの言葉が聞こえたような気がしたけど、それは私の願望だったかもしれない。
「…着せてやる。立って」
泣くだけ泣いてとりあえず落ち着いた私を抱え上げて立たせると、ななせが後ろからドレスを整えてくれた。ウエストも胸も背中の編み上げもぴったりはまって素敵に形作られる。
いっつも思うんだけど、なんでななせって何でも器用に出来るんだろう。ウエディングドレスを着せられる22歳男子って希少価値じゃないですかね。
なんて、感心している場合じゃない。
背中の産毛とか胸のフリした脇のお肉とか。緩んだ二の腕とか。
もっとケアしたかった諸々を、まんま、ななせの目に晒してしまった。
恥。はっっず。
「つぼみ、顔上げて」
何で私っていつもこうなんだ。泣いて目は腫れてるし化粧は剥げてるし。
うつむいて恥ずかしさに耐えていると、隣に並んだななせに促された。
顔を上げると、白いタキシード姿のななせの隣に夢みたいに素敵なウエディングドレスを着た私が並んでいた。
鏡に映る。新郎新婦。
幸せの象徴みたいな純白の二人がそこにいる。
「…ありがと。俺と結婚してくれて」
低く儚いななせの声が聞こえて隣を仰いだら、息が止まりそうなほど優しい微笑みを浮かべたななせが見えて、
「…だいすき」
他に何にも出てこない私に、ななせの唇が触れた。
甘くてほろ苦い。優しくて切ない。
どうしようもない。最後のキスに。
…溺れた。
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