07.あした色リユニオン

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『夜が明けるまでずっと君の寝顔を見ていた 飽きるほど眺めた まつ毛の形も唇の形も 全部覚えておけるように 君の願いが叶うなら 何回死んでもいいよ 気づかなくていいから 君の幸せ祈らせて 好きだよ さよなら ありがとう 愛してる 気持ちは 言葉に出来ないけれど 君と出会えた奇跡に 何億回感謝しても足りない』 ななせの歌声は、どんなに怖い夜でも安心をくれた。 星が見えなくても嵐の中でも雷鳴が轟いていても。 真っ暗闇にふたりぼっちで取り残されても。 だけど今は。もう、… 目を開ける前から分かっていた。 温もりも匂いもまだ残っているのに。 もうどこにもいないって。 ななせがいないなら、朝になんてならなくていい。明日なんて来なくていい。 失くしてしまうと決まっていたなら、どうして手に入れてしまったんだろう。 これはかつてななせの手を離してしまった私への報いなんだろうか。 残していくより残される方がずっと孤独だと知らなかった私への。 どんなに手を伸ばしても、どこにもななせに触れない。 「…ななせ」 掠れて絡まった囁き声にも、ななせの返事はない。 どんなに呼んでもあの柔らかくて甘い声はもう聞こえない。 目を開ける前から嗚咽が込み上げる。 泣いたら認めてしまうことになるのに。 ななせのいない現実を。 「…ななせ、ぇ、…」 自分の声が虚しく響いて、世界に一人ぼっちで残されたみたいな。 ぽっかりと口を開けた虚無の中に取り込まれていくみたいな、気がする。 何も見えない。何も聞こえない。ななせがいない。 泣いて泣いて泣いて。泣き疲れてまどろんで。 怖くて飛び起きて。起きたらもっと怖くて。また泣いて。 この世界から消えてしまいたいと思いかけて。 自分が弱くてちっぽけでどうしようもない人間だということを思い知った。 「…ばい、あべびあでず、…」 「…誰?」 このまま世界が終わればいいのにという不謹慎な思いに駆られながら、泣いてまどろんで飛び起きて、また泣いてを繰り返していたら、スマートフォンの着信音が鳴った。絶対に違うと分かっていたけど、ななせからかもしれないという100万に一つの可能性にかけて、目を開けてスマホに手を伸ばし、表示された名前を見て心底後悔したけど、サラリーマンの性でしぶしぶ応答したら相手に絶句された。 「あべびあでずっ!!」 「…ああ、ええっと、雨宮さん。…なに、ついに離婚したの?」 「うっ、…うわあああ――んっ、南平課長のデリカシーゼロ男ぉおおお―――っ」 「…あ、すみません。かけ直していいですか?」 と言いながら。 影の薄い会社の直属の上司、南平課長は私が泣き止むまで通話を切らずにいてくれた。絶望のど真ん中から強引に現実に引き戻されて、案外いいタイミングで電話をくれたのかもしれないと思う。一人じゃいつまでも絶望から目を逸らせなかったに違いない。 「ふぅん、旦那さん出て行っちゃったんだ。まあそういうこともあるよね」 …軽いな、おい。 「人には向き不向きがあるというか、分不相応なこともあるからね。芸能人の妻なんて、地味を絵に描いたような雨宮さんには所詮無理だったっていうか。元気出して、そのうちいいこともあるよ」 しかしながら、その軽さに救われる。 南平課長の上辺感否めない、なんならディスられてるような慰めが、逆に元気をくれる気がする。 「僕なんか今日ねえ、カフェの可愛い店員さんがカップに『THANK YOU♡』って書いてくれてテンション上がっちゃんだから。何て言うの? 幸せは日常のすぐ横にあるっていうかね? …おい、キモいとか言うなよ」 課長渾身の自虐的慰めが沁みる。 ナナセの妻の会社ということでマスコミから余計な注目を浴び、がんもどきの大量発注ミスで関係各所に迷惑をかけた挙句、冷凍室で起きた事件で社員が逮捕されるという不祥事まで起き、ここ数日間の会社は激震状態だったのに違いないのに。 「…で。会社にはいつから来れるの? 来週辺り?」 それでも目の前のこと一つ一つに誠実に対応して、積み重ねて、必要としてくれる人に適切に届けるようにしなきゃいけない。それが社会人というものだ。 「…今日、午後から行きます」 自分なんて取るに足らないし、いくらだって代わりは利くけど、それでもまだ頑張らせてもらえるなら、やってやろうじゃないか。嘆いて悲しんで絶望に陥るのは、出来ることを全部やってから。人生の一番最後でいい。
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