見守られて

10/22
前へ
/172ページ
次へ
黒瀬さんの前では、いつも明るい私でいたい。 しかし、黒瀬さんの返事を聞いて、私は固まった。 「つわりでご飯作れそうにないから、食べてきてと言われたんだ」 私の脳内は真っ白になり、言われたことを理解するのに時間を要した。 「えっ?」と小さく驚く熊野の声が遠くから聞こえている感じがする。 「奥さん、ご懐妊ですか?」 「そう、安定期に入るまでは秘密してな」 「了解です。それは、おめでとうございます」 おめでとう……そうか、めでたいことだ。 止まっていた思考が動き出す。正直喜べる内容ではないが、熊野と同じことを言わないと……不審に思われてしまう。 自分を奮い立たせ、動揺を悟られないようにして、祝う言葉を必死で思い浮かべた。 ありきたりの言葉しか浮かんでこない。 「おめでとうございます! 予定日はいつですか?」 「加納ちゃんもありがとう。年内には生まれる予定だよ」 「わあ、今年中には黒瀬さんもパパなんですね! すごいなー」 「別にすごいことじゃないよ」 照れる黒瀬さんを見て、私の心は暗くなっていた。
/172ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1308人が本棚に入れています
本棚に追加