実の母の香りを探して

1/1
前へ
/31ページ
次へ

実の母の香りを探して

その夜、奇妙丸はなかなか寝付けない様子だった。 床に入っても、何度も寝返りを打ち、時に夜具を顔に押し付けていた。そういしていると、珍しく信長が奇妙丸の様子を見に来た。既に寝入っていると思っていたのか、足音を忍ばせ、奇妙丸の寝所の襖を開けた。 「お、お屋形様」 部屋の隅で奇妙丸の様子を見守っていたさつきが、信長の訪問に動揺しながら平伏した。 父親の姿に気づいた奇妙丸は目をぎゅっと瞑り、寝ているふりをしている。 「奇妙は?」 「はい、いま…」 といい、さつきは奇妙丸を覗く仕草をした。 「良い、昼間のことがあり、興奮しているのだろう」 「…」 「あれに、会ったと」 「はい、わたくしの不用意で…」 「良いのだ。時期にわかる事なのだから」 信長は立ったままであった。幼い息子の寝姿をさつきの横で見つめていた。 「あの子が産まれた時に、あれから匂い袋を渡されたであろう」 「あれは…」 「ん、…?」 信長は目線だけをさつきに向けた。さつきはその視線を避けた。 「失くしてしまいました。どこかに行ってしまったのです。申し訳ございません」 「…であるか。ならば仕方がない」 唇の端に微かに笑みを浮かべ、信長は部屋を出て行った。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加