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「俺の話を聞いてくれるのなら、おまえの要望も聞いてやる」
「は?」
「逃げずに俺の話を聞いて欲しい。その機会を作ってくれるのなら、俺がおまえを黒田製菓へ連れて行ってやるよ」
まったく意味の分からないセリフに思いっきり眉をひそめたあと、その言葉に息を呑んだ。
「今日はちょうど車で来ているから、途中で手土産を買いに寄っても充分に間に合うだろう」
「ず、ずるいっ…」
提示された“交換条件”に思わずそう声を上げると、彼が沈黙した。
だって、これってまるっきり公私混同やないの。
これまでの彼は、たとえプライベートであたしとどんなやり取りをしたとしても、仕事は仕事。素知らぬフリを決め込んで、絶対に表には出さなかったのに。こんなこと初めて。
本当にこの人、あの結城課長ですかぁっ!?
そんな疑惑を否定するみたいに、さっきからずっと、あの、控えめな甘い香りがあたしを包んでいた。
彼の腕の中にいるのだ。そう思うだけできゅうっと強く収縮する心臓に、まだ自分が全然彼のことを好きなことを思い知る。そんなの知りたくもないのに。
悔しいのか嬉しいのか悲しいのか。
自分の感情なのにそれすらよく分からない。
ごちゃ混ぜになった感情にどうしていいのか分からず、ただまぶたが熱く湿っていくのを感じた時―――。
「自分でもズルいことは分かっている」
少し掠れた声が降ってきた。
あたしは彼の腕の中で、身じろぎひとつできない。彼の顔を見るのが怖い。
「自分でもなんでこんな……公私混同極まりないことをしているのか……ハッキリ言ってよく分からない」
「そやったら、」
「だけど…!―――分かっていても、どうしてももう一度きちんと話をするチャンスが欲しいんだよ、希々花」
名前を呼ばれたことに驚いて、反射的に顔を上げる。
目が合った瞬間、息を呑んだ。
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