不毛な協定

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不毛な協定

あたしたちがこんな不毛な関係になったのは、去年の春先。 珍しく静さんと課長と三人で呑みに行った帰りのことだった。 職場からほど近い駅前の居酒屋で呑んだあと、自宅まで歩いて帰ると言い張る静さんを、電車組のあたしと課長でなんとかタクシーに押し込んで見送った。 課長は本当なら静さんを送って行きたかったのだと思う。 だけど静さん本人から、『わたしは大丈夫なので、晶人(あきと)さんは森ちゃんを送ってあげてくださいね』と念を押され、一瞬躊躇(ためら)ったのちそれに頷いたのだ。 実際静さんは全然酔っていなかったけど(相変わらずビールばっかり飲んでいた)、それでも学生に毛が生えたような新入社員への上司としての責任を優先させたのだということは、言われなくても分かっていた。 「静さん」こと静川吉野(しずかわ よしの)は、入社時からお世話になっている先輩。 年はあたしより五つ上だけど、転職で【トーマビールコミュニケーションズ】に入ってきたから、入社歴はあたしとひとつしか変わらない。 そんな彼女と結城課長は大学の先輩後輩で、転職は結城課長の推薦だったそう。 だからなのか、結城課長は静さんのことをさりげなく見ているし、「仕事ひとすじ」と豪語する静さんも課長には気を許しているのが、(はた)から見てもよく分かった。
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