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後ろから掛けられた声に、あたしの背中が絵に描いたように跳ね上がった。
「話があるからミーティングルームに来て欲しい」
背中から投下された言葉に、心臓が大きく「ドクン」と波打った。
顔を合わせたくない。振り向きたくない。
けど振り向かないわけにはいかない。
一瞬の葛藤の末、あたしはうつむき加減でおそるおそる体を向けると、数歩先の辺りから視線を痛いほど感じた。
それでもやっぱり視線を合わせることは出来なくて、事務所を出て行く先輩たちの後ろ姿を視線で追いながら、敢えて横柄な態度で返事をする。
「それってぇお急ぎのお仕事ですかぁ?もう定時やしぃ、今日はのん、早上がらなあかんのですけどぉ」
「何か……予定があるのか?」
どこか遠慮がちにそう訊かれて、予定なんてひとつも入れていないあたしは、思いついたことを反射的に口にしていた。
「合コンですけどぉ」
「合コン……」
彼はそう呟いたきり黙ってしまった。
それきり何も言わない彼にあたしは内心そわそわししまう。早くこの場から逃げたくてたまらない。
しびれを切らしたあたしは、「それがなにかぁ?」と口にしながら顔を上げた。
「っ、」
思わず息を呑んだ。
あたしを見下ろす彼の顔が、せつなげに歪められていたから。
形の良いアーモンドアイを細め、眉を寄せて、唇は何かに耐えるみたいに真一文字に引き結ばれている。
まるでご主人に置いて行かれる犬みたいに心許ない表情に、あたしの胸がズキンと痛んだ。
ともすると、「ウソですぅ」と口にしたくなるのをぐっとこらえ「そういうことなんでぇ、業務事項は社内メールでおねがいしまぁすっ」と言い捨てて、あたしは逃げ出すみたいにその場を後にした。
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