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『そうなんですかぁ、もっと早くにお聞きしとったらぁご挨拶にお伺いしましたのにぃ』
あたしがそう言うと、阿部さんは《おおきに。お気持ちだけ貰っときますわ。一応、少し前にメールではお知らせしとったんですが》と言った。
『え…?……あぁっ!』
そうだった。前に何かメールが届いているのを見た気がする。
あたしは慌てて受話器を耳に当てたまま、パソコンのメールボックスを開いてみたら。
『ありましたぁっ…すみませぇぇんっ…!』
思いっきり机に向かって頭を下げると、電話の向こうから《わははっ》と笑う声。丸で見えているかのように、《頭上げたってください、森はん》と言われる。
阿部さんは、そのふくふくしい外見を裏切らないおおらかな性格で、そのおかげであたしは発注ミスのウィスキーボンボンを返品出来たようなもの。ベテラン社員である彼が『ええですよ』と言わなければ、百個ものチョコレートを引き取ってもらうなんて出来なかったと思う。
それなのに、あたしがうっかりメールを見そびれたせいで、定年退職のご挨拶を電話一本で済まないといけないなんて。
さすがのあたしだってそれは心苦しい。
そんなあたしの気持ちを知ってか知らずか、阿部さんは《次の担当者からは、また後日連絡が入りますよって。ほな、今後とも黒田製菓をよろしうお願いいたします》と丁寧なご挨拶をくれてから、電話を切った。
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