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『……………やってしもたぁぁぁっ』
受話器を置いた直後、あたしはガックリとうなだれた。
長いお付き合いの取引担当者が定年退職するのだ。
本来ならお花でも持ってこちらからご挨拶にお伺いすべきところ。しかも直近にあんなご迷惑までかけておいて。
阿部さんもあまり早くから定年退職のことを言わなかったのは、もしかしたらトーマビールに気を遣ったのかもしれない。あちらから見たらうちのほうが『お客様』なのだから。
『どないしよぉ……』
静さんが居てくれたら相談できるのに。こんな時に限って休みなんやからっ…!
なんの罪もない静さんに当たってみたところでどうにかなるわけじゃない。
途方に暮れた気持ちになってうつむいていると―――。
『森』
すぐ後ろからかけられた声に、ビクッと肩が跳ねた。
『どうかしたのか。何があった』
“上司然”とした口調でそう声をかけられたら、振り向かないわけにはいかない。
ゆっくりと椅子を回して振り返ると、薄いブルーのシャツにネイビーのネクタイを締めた課長。
『いえ、あの……えっと……』
『電話の相手は取引先か?』
そこまで気付かれているなら黙ったままにはできない。
『あのぉ……黒田製菓の阿部さんがぁ……』
あたしはしどろもどろに話し始めた。
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