森 希々花はいつも二番手***

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いったいいつだったのだろう。彼のことを好きになったのは。 入社してすぐ配属になったのは、トーマビール関西工場の工場見学事業課。 自分の上司に当たるその人の第一印象は―――。 『胡散臭いやつ』 だった。 『ようこそ、我が工場見学事業課に。私は課長の結城です』 人生で初めて出来た上司は、理想的な幅を保った二重のアーモンドアイを細めて、あたしにそう言った。まるで「にっこり」という文字が見えそうなほど完璧な笑顔で。 あの時、あたしが彼になんて返したのかはもう覚えていないけれど、頭の中で言った言葉は一言一句(たが)わず覚えている。 (うぅわっ、胡散臭(うっさんくさ)か!) 完璧すぎる笑顔はかえって腹の底がまったく見えず、あたしにはそう映ったのだ。 サラサラの黒髪は、サイドを刈り上げたツーブロック。トップの髪は整髪剤で動きを出しつつも後ろに流してある。清涼感溢れるスタイルは、社会人としての良識を守りつつ遊ばせているあたりに、こなれ(・・・)感が出ていた。 (こりゃあ、ばり(・・)モテるっちゃろうね……) 速攻確認した左手には指輪はない。だけど結婚指輪をしない人も多いからまだ分からない。 たとえ未婚だとしても、こんなイケメンに恋人が居ないわけない。ううん。恋人以外の女だって、一人や二人いるに決まっている。 これまでの経験から言って、このイケメンを狙ってもまた“二番手堕ち”なのは目に見えてる。いや、二番手ならまだしも、三番手……ひょっとしたら四番手なんてことも―――。 このイケメン課長には、絶対堕ちてはいけない。 あたしは入社初日にそう誓ったのだ。
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