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「別れよう」
デート中に立ち寄った喫茶店で彼が突然切り出した。
私は思わず目を見開いた。
「……え? なんで、どうして? 私のこと……嫌いになっちゃったの?」
彼は首を横に振った。
「違う、そうじゃないんだ……君のことは今でも好きだ。好きなアニメの話もできるし、一緒にいて楽しい。でも、もう耐えられないんだ。胃に穴が開きそうなんだ……」
「なにが? なにが耐えられないの? ダメなところは全部直すから私を捨てないで!」
テーブルを叩いて立ち上がると、店内の視線が私に集まる。
好奇の視線。
なかにはあざけるような笑みを浮かべるものもいた。私の彼を見て笑うなんて無礼者もいたものだ。
彼は顔を覆い隠す。
「きみのその恰好が……耐えられない。一緒にいて恥ずかしいんだ。今だってみんな見てるじゃないか」
私は言われている意味が分からないかった。
「どうして? だって私魔女よ? 魔女の正装のどこが恥ずかしいの?」
「恥ずかしいよ! 君にわかるかい? デートのたびに彼女がコスプレして駅前で待ってるんだぞ? 通り過ぎる人の奇妙なものを見る目! 対して普通の恰好の僕! 目立たないわけがないだろ! なんのプレイだよ! 羞恥プレイだよ!」
「コスプレじゃないわ。このローブはマジョルカ王国のれっきとした正装で。結婚を前提にお付き合いする時に着る勝負服で……」
彼はテーブルを叩いて立ち上がった。
「そういう設定はもういいって! ここまでどうにか自分をごまかしてきたけどやっぱり無理だ。僕みたいな気の小さい男に君みたいな女の子は荷が重すぎたんだ」
「そんなことない! あなただけよ。私とここまで長くつきあえた男は。だから……」
私が手を掴もうとすると、彼は身を引いた。
「……ごめん。別れよう。マッチングアプリなんて使うんじゃなかった……」
そう言い残して、彼はコーヒー代を置いて店の外に出た。
店内に取り残された私はしばらく茫然としていたが、領収書を手に走り出す。
だめよ、だめ!
せっかく見つけた理想の相手を、手放してなるものか!
「お勘定お願いします!」
お金を払って、店の外に出る。彼を探すと、遠くに去っていく背中を見つけた。
私は走る。走りながら叫ぶ。
「いかないで! あなただけなの! 一番最初私を見て逃げ出さなかったのは! アニメの話で盛り上がれたのは、アニソンメドレーを歌えたのは!」
道行く人が奇妙なものを見る目で私を見る。
彼は視線から逃れるように振り返らず、走り出した。
そこまで私の服装が嫌なの?
でも魔女は一度決めた相手のことは絶対にあきらめないんだから!
「止まって! お願い、もう一度話し合いましょう!」
「来るなああ! 僕は視線恐怖症なんだ! 君は可愛いし、趣味も合うから頑張ってきたけど、このままだと胃潰瘍になるって医者に言われてるんだ! 一緒になりたいけど、無理なんだあああ!」
彼は悲痛な叫びをあげる。
「うれしい! 一緒になる気持ちがあるのね! それならもう何も怖くないわ!」
「胃潰瘍が怖いんだよ!」
私から逃げるように彼は赤信号に飛び出す。
大型トラックが勢いよく曲がってきた。
――プアアアアァッッ!!
「……あ」
「嘘だろ?」
……彼の体はミンチになった。
「……ど、どこだここ?」
「目が覚めた?」
私は部屋の明かりをつける。
レンガ造りの部屋の中に、私と彼だけがいる。
彼は困惑したような顔つきで私を見る。
「なんだ、ここ? 僕はどうして鎖につながれているんだ? あと、君はなんで血だらけなんだ?」
私は彼の体のつぎはぎ部分を指でなぞりながら、微笑む。
「ここは私の家よ。それから、この血はあなたを縫合した時に浴びた返り血。鎖はあなたが逃げ出さないように」
彼はまだ困惑しているようだった。
「僕は、死んだんじゃないのか?」
私はうなずく。
「ええ、あなたは死んだわ。でも、私が生き返らせたの」
「どうやって……」
私は片目をつむって片手に魔法陣を描き、炎を生み出す。
「言ったでしょ? 私はマジョルカ王国の魔女なの。あなたを復活させる魔法くらい使えるわ。ついでに視線恐怖症も魔法で治しておいたわよ。さあ、状況が理解出来たら私と永遠の愛を誓うキスを……」
唇を近づけようとすると、彼はそっぽを向いた
「嫌だ」
「え? な、なんで? やっぱり私の事嫌いになったの? 魔女だから?」
悲しい。
今にもその場に崩れ落ちそうな私に、彼はそっぽを向いたまま言った。
「こんな場所でなんて……その、台無しじゃないか。君だって嫌だろ。ファーストキスが血なまぐさい場所でなんて」
「……好き! 大好き!」
私は彼に抱きつきキスをした。
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