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それは、薔薇の花が咲き始める初夏のことだった。
朝、起きてリビングに向かうと、いつもならもう起きているはずの父親の姿が見当たらなかった。不思議に思って部屋を覗いてみると、父はベッドから上半身だけを起こして微動だにせず固まっていた。
その目からははらはらと涙が零れ続けていて、布団の上に落ちてはシミを作り出していく。
それが始まりだった。
「と、父さん、どうしたの?」
父が泣いているのを見るのはあまりに珍しいことで、ホタルは声を上ずらせて訊く。父はそこでようやくホタルの存在に気付いたように、虚ろな目をこちらに向けた。
父の顔には深い絶望と悲しみが滲んでいて、こんなにも憔悴しきった彼の姿を見たのは初めてのことだった。
ホタル、と呼ぶ声もまた震えている。どうしたらいいのかわからないままホタルが父の背中を撫でてやれば、彼は少しだけ緊張が和らいだように息を吐き出して、それからぽつりと呟いた。
「夢を見たんだ」
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