姿なき復活劇

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 首都圏の出張に出た。予想以上に仕事が早く片付き、有名な古都を初めて訪れた。  思ったよりも街は小さく、寺社もやたらと質素で、全体に地味な街だという印象を持った。慣れない道を進んでいくつかの寺社を訪れてから帰途に着いたのであるが、……新幹線に乗る前にスマートフォンを落としていることに気づいた。  出張先でもあり、そのスマートフォンは戻ることがなかった。  スマートフォンも新しくしてしばらくした頃、就寝中に電話がかかってきた。デイスプレイには、無くした電話の番号が点滅していた。  ーーあのスマホ、今頃見つかったのか? しかしなぜこんな時間に……。  訝しく思いながら電話に出た。  何かが擦れるような耳慣れない音が続き、気味が悪いので切ろうとした瞬間、電話の向こうの相手がこたえた。  「こたびは結構な品を(たまわ)り一言礼を申し上げたい」  ーーは? なんだコイツ、俺のスマホを拾いパクか?  文句を言おうと口を開こうとしたところに、声の主は続けた。  「姿を亡くして、様々な方法を試みてきた。しかし、これまでは我々と通じる草木、鳥獣、もちろん人間の個体は、稀にしかなかった」  ーーな、な、なにを言っているんだコイツ!?  「貴殿が我にこれを(たまわ)ったゆえに、生きた依代(よりしろ)を得ずとも、思念のみで直接に世界に働きかけることができるようになった。これを使い、貴殿にも近く進ぜたいものがある。受け取ってくだされ」  ーー悪い夢を見ているのだと思ったところで、通話は終了した。  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  「ねえ、来年の大河ドラマは鎌倉の北条氏が主人公だって!」  歴史好きの妻が興奮して話しかける。   鎌倉ーー何年も前の出張の時に、スマートフォンを落としたことを思い出した。そういえば、妻とは新調したスマートフォンにインストールしたSNSを通じて知り合ったのだったっけ。  「聞いてよ、私のご先祖様って、北条氏に仕えた有力な武士の一族なのよ」  「へええ、そうなんだ」  「北条氏は、法律や裁判の制度を整えたり、図書館を作ったりした理知的な一族で、私のご先祖様達もそれに協力していたんだと思う……でも、世が変わって、鎌倉は後醍醐天皇の意を受けた武士達に攻め滅ぼされて……」  常々、妻からは鎌倉時代が大好きだと聞かされていた。一方で、そう遠くない土地で育ったはずなのに、鎌倉に行ったという話はあまり聞いたことがなかった。  「……鎌倉に家を買った友達が言っていたのだけど、ある日、その新築の家の二階に鎧姿の武士が数人現れて〝私達の家で何をしている〟と言われて引っ越したらしいよ。そうでなくても、鎌倉には傷だらけの武士の霊を見たって人はたくさんいて……」  そうか、妻は怖がりなので、それで鎌倉にはあまり行かなかったのだとわかった。そして、もうひとつ、俺には思い当たることがあった。  かつて、失くした自分のスマートフォンで電話してきたのが何者であり、何を語ったのかということに……。
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