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腹から思いきり息を吐きだして、どうにかその光の中に飛び込んだ。急な明るさに視界が明滅する。頭も痛いし、酷使した足も肺も痛いがまだ休むには早かった。とにもかくにも、まず扉を閉めなければ。
「頼む、反応してくれ、頼む、頼む頼むうううう!」
閉、のボタンをガンガンと連打してドアを閉めようとする。あの脅威を、このようなエレベーターの扉一つで防げるかどうかはわからないが、それでも何もしないより遥かにマシなのは間違いないのだ。
「頼む頼む頼む頼む頼む!」
ぜえぜえと息を吐きながら叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。べちゃべちゃと、汚泥を踏むような足音が近づいてくる。祈るような気持ちで、指が痛くなるほど強くボタンを押しこんだ。瞬間。
ウイイイイイン!
「あ、ああ……!」
ドアがゆっくりと、閉まっていった。善一は安堵して、その場にへたりこんでしまう。
「た、たす、助かった……?」
暫く待ってみたが、ホラーのお約束のように向こう側からガンガンとドアが叩かれる様子もない。諦めてくれたのだろうか、怪物は。それでも、ドアの耳をつけて向こうの音に聞き耳を立てる元気はなかった。そんなことをしている余裕があるのなら、さっさと帰る方法を試すべきだろう。
「はあ、はあ、はあっ……」
ぼたぼたとエレベーターの床に汗が垂れる。慣れない激しい運動のせいで、全身がどこもかしこも痛くてたまらない。これに懲りたらもう二度と、おかしな都市伝説なんか試してなるものかと心に誓った。そうだ、そもそも“中世ヨーロッパ風の異世界に転移できる方法”なんて。あまりにも厨二病すぎているし、信憑性も何もなさすぎではないか。
何で、軽い気持ちで試してしまったのだろう。もう何か月も外出なんかしてなかったくせに、家の外に出てまで、自分は。
――くそ……マジでくそじゃねえかあんな噂!訴えてやる……人を、こんな目に遭わせやがって!
少しだけ落ち着いたら、ちょっとだけ元気が出てきた。恐怖ではなく、怒りを思い出せるのはそれだけ心に余裕が戻ってきた証である。男はふらふらと立ち上がり、エレベーターの文字盤に触れた。とにかく、元の世界に、家に帰らなければ。自分の自宅はマンションの五階だが、多分このまま五階を押したところで反応はないだろう。あるいは、異世界にいる“まま”になってしまう可能性が高い。
帰るには一度、一階を押さなければいけない。
一階のボタンを四回押して、こう言えばいいのだと聞いている。そう。
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