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「カギリ様、カギリ様。わたくしの血と、肉と、魂と、心を、どうか元いた世界へお返しください!カギリ様、カギリ様。わたくしの血と、肉と、魂と、心を、どうか元いた世界へお返しください!カギリ様、カギリ様。わたくしの血と、肉と、魂と、心を、どうか元いた世界へお返しください!カギリ様、カギリ様。わたくしの血と、肉と、魂と、心を、どうか元いた世界へお返しくださいっ!!」
ボタンを連打しつつ、早口で四回同じ呪文を唱えた。もう二度と、こんな恐ろしい目になんぞ遭いたくはない。ホラーなんて、可愛い女の子が出てくるアニメとゲーム実況だけでもう充分だ。自分で体験して酷い目に遭う趣味なんかない。そういうのは、オカルトかぶれのどっかのトチ狂った輩か、被虐趣味の奴にでも任せておけばいいのである。
ああ、さっさと帰るのだ。
帰って、とにかくこの生臭い泥にまみれた体をシャワーで流して、清潔な服に着替えるのである。そして親が帰ってくるまでの時間、何もかもを忘れるために大好きなアニメでも見ればいい。そうだ、昨日配信された『ニートだけど異世界転生したらレベル9999の無敵でした』の第四話でも見よう。昨日はまさに神回だった。ヒロインのレイミちゃんのお風呂シーンは最高に可愛かったのだから。何度見ても飽き足らない。そうだ、自分にはそういう穏やかな日常が相応しい。それで充分だ。異世界なんぞに行けなくたって、今の生活が続けられたならそれで良かったではないか。
「!」
しかし。現実逃避をした次の瞬間。善一の期待を裏切るように、エレベーター内の明かりが明滅したのである。
「え?」
エレベーターが、下に動き出す気配はない。機械音の代わりに聞こえてくるのは、ぺちゃぺちゃぺちゃ、という小さく濡れた複数の音だった。先ほどの化け物の重たい足音とは、違う。しかし、まるで何かが壁の向こうをぺちゃぺちゃと細長い舌でなめまわしていでもいるような、非常に気色悪い音である。
「な、なんだよ、なんだよお……!」
灰色のエレベーターの扉。銀色の文字盤。そして、茶色の四角い壁と、白いライトの天井。それらをぐるぐると見回していた善一は、やがて音が予期せぬ方向から聞こえてくることに気づいたのである。
そう。足元から。
「!?」
振り返り、エレベーターの左隅を見た男は気づいた。灰色のタイル、その隅から何か白いものが蠢きながら這い出してきていることに。
それは、自分の知識が間違っていないなら――蛆虫と言うべきものだった。
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