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大量の蛆虫が、まるで水が漏れるようにエレベーターの隅から溢れ出し始めたのである。最初はその一か所だけだったのが、次第に残りの三隅からもじわじわと這いだしてくるようになった。もちゅもちゅもちゅ、という濡れた音と共に、まるでそこに巣穴でもあるかのように湧き出してくる膨大な数の、蛆虫。ぞわぞわぞわ、と生理的な悪寒が善一の背中を這いあがった。
「な、なんだよ、何だよお前ら!や、やめろよ!こっちくんじゃねえ!!」
四隅から攻められては、逃げる場所などあるはずがない。何でエレベーターに蛆虫が沸くなんて事態になるのか。何でエレベーターは一階に向けて動き出さないのか。一体何が、どうなっているのか。
混乱のまま、善一はとにかく虫を退治しようと蛆虫を踏みつけることを試みた。それが良くなかった。ぶちゅり、と足の裏にぬめった気色悪い感触が広がる。蛆虫は簡単に潰れた、が。そもそも相手の数が多すぎたのだ。
被害を免れたそいつらが、群れの中につっこまれた足をこぞって這い上がり始めたのである。
「ひいいい!や、やめろやめろやめろおお!」
慌てて手で振り払おうとすれば、腕にもびっしりとそれははりついた。振り回して蛆虫が飛び散れば今度はシャツにも、首にも、そして顔にも。あっというまに、大量の蛆虫が男の体中を這い回り始める。しかも悪夢はそれだけでは終わらない。そいつらは、ズボンの中や下着の中にまで侵入し、素肌の尻や股間までをまさぐり始めたのである。ぐい、とあらぬところに異物感を感じて絶叫した。蛆虫たちはなんと、男の肛門や尿道にまで首を突っ込み始めたのだ。
「い、痛い痛い痛い痛い!や、やめ、やべぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!」
叫び声は、すぐに塞がれた。顔まで這い上がってきた蛆虫が口内に、鼻に、耳に、眼にまで侵入してきたからである。激痛、吐き気がするようなぬめった感触と味、そして気道さえ塞がれて息さえもままならなくなる。
「ううううううううううううううう!」
立っていられなくなり、その場に崩れ落ちた。眼球を塞がれて視界も真っ暗になり、もぞもぞという気持ち悪い音を最後に鼓膜も破られて音さえ聞こえなくなる。手足を滅茶苦茶に動かし、どうにか苦痛から逃れようともがくしかなかった。尿道に侵入した蛆虫は狭い尿道を引き裂き、性器を破壊し、さらにはその先の臓器をも破壊する。肛門の方も同じ。虫を詰め込まれた腹が弾けそうなほど膨らんでいくのがわかる。きっと内臓も喰い散らかされているのだろう、と口いっぱいに虫を頬張りばりながら思う。
――た、助けてくれ。嫌だ、嫌だこんな死に方……嫌だああああ!
膀胱も腸も胃も肺も眼球も。何もかもを食い散らかされる激痛に悶え苦しみながら、森村善一は絶命した。
一体己が、何に殺されるのかもわからぬままに。
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