第五章

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第五章

 冷え切っていた体が燃えている。しまい込みすぎて、お伽話と混同するほど曖昧だった記憶が奔流と化し、あの夏の日を連れてきたのだ。    銀の光に惹かれた理由が、今は分かる。色、輝き、謎めいた様子、すべてがヴェラの面影だ。誰でも使える復活の魔法とは、記憶のことだったのだ。月や森の手を借りて、僕は今夜、生の世界の裏側から彼女を呼び戻した。僕だけの小さな世界に、彼女は鮮やかに蘇った。    同時に、彼女のいない大きな世界が虚しさを増して目に映った。  荒れた庭を横切り、茅葺屋根の家の戸を開く。薬草の束の代わりに、破れた蜘蛛の巣が月光を弾いた。埃のにおいが鼻をつく。机には変わらず布が掛かっていたが、虫食いの穴が開き、全体が灰色に汚れていた。    ヴェラが無事なら、父を、村を救ってくれただろうに。調剤より裁縫の方がいいなんて言ってはいたけれど、母親の教えに従い、僕の目を塞ぐ闇の裏地を、希望の光を拝ませてくれたはずなのに。    過ぎた日を思ったからか、ふとあの日の香りを感じた。コップに浮かべてあった葉のスッとする香り。あまりに薄いので気のせいかと思ったが、どうも違う。源を探しながら、ふと思い出して、掛け布をめくった。ヴェラの「秘密の道具入れ」だ。    はっとして、僕は天板の縁に手をかけた。僕を魔法使いにするために招いたと彼女は言った。しかし未来に彼女を思い出す存在を作るだけなら、出あった場所で話をすれば済んだはずだ。ヴェラがわざわざここへ僕を連れてきたのは、これを見せるためだったのではないか。    天板を跳ね上げる。中には裁縫道具はなく、麻の小袋がいくつも詰め込まれている。香りはこの袋からしていた。  そして小袋を除けた下に、小さくたたまれた黒衣があった。お気に入りの上着を、ヴェラは着て行かなかったのだ。    埃っぽい家を出て、震える手で、虫食い一つない黒衣を開いた。艶やかな銀の裏地と――その一面に施された彩り豊かな刺繍が、月光に燦然と輝いた。  図柄は単純化された人、矢印、小さいながら本物と見紛うほどに緻密な植物だった。人は頭や腰を押さえたり、傷から血を流したりしている。病や怪我に効く植物を表していると、容易に分かった。  目当ての植物が自分の知るものであるように願い、目を走らせる。そしてすぐに、額に四角い布をのせて横になる人の縫い取りを見つけた。    笑みがこぼれた。知っているどころではない。熱を下げる薬は、村からずっと傍にあった道標――葉に銀の裏地を持つ、ヤナギだった。葉や木の皮を、鍋で煮るようにと描かれている。    黒衣を抱え、再び茂みをかき分けて、小川の流れを追って家路を急ぐ。  多くのものが戻ってきた。賢女の薬、憧れの魔女、明日を迎えに行く勇気と希望。元気な父、活気あふれる村も、これから戻る。胸の高鳴りにつられて、足の運びも速くなる。   早く、早く村へ帰りたい。薬を煎じて父に飲ませ、熱が下がったら言ってやる――銀の裏地の魔女に師事して、僕は魔法使いになったのだと。
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