第二章

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第二章

 目を開くと、夏の青空と女の人が僕を覗き込んでいた。持っていた籠を下ろし、長い黒髪を耳にかけながら、女性は「大丈夫?」と繰り返す。  目当ての森に着いたはいいが、あまり暑いので木陰に入って涼みつつ、目に沁みる汗を拭っていた。それだけ。道に迷って泣いているとでも思われては心外だ。僕は慌てて、平気だと答えた。 「良かった。これで汗を拭いて。私はヴェラよ、あなたは?」 「ライル」    差し出された布には巧みな花の縫い取りがあった。相手の出で立ちに気を取られていた僕は、気恥ずかしさに我に返り、汚れるからと断った。  ヴェラは十は年上と思われ、髪と同色の長い上着を着て、フードを被っていた。籠の中には瑞々しい草花が、きちんと並べて入れてある。    こんなに早く出あえるなんて奇跡だと思った。   「賢女にご用? 里はあっちよ」 「僕、あなたを探してたんだ。ヴェラは魔女だよね?」  木の根に滑ったのか、ヴェラは後ろによろめいた。支えようと立ち上がった僕を、彼女の硬くなった声が制止する。   「なぜ魔女を探してるの」 「弟子にしてほしいんだ! 僕も魔法使いになる! それで父さんに言ってやるんだ、『ごっこ遊びじゃなきゃいいんだろ』って!」  フードの下で栗色の目が丸くなった。  無理を言っている自覚はある。何から話せばいいかと悩んでいると、ヴェラがくすくす笑って近づいてきた。  僕は安堵した。なぜと訊いた彼女は今にも、身を(ひるがえ)して茂みに消えそうだったから。    憧れの魔法使いは宥めるように、僕の両肩を軽く叩いた。   「喧嘩したの?」 「うん。僕、お伽話の魔法使いが好きで、よく真似して遊ぶんだけど、父さんが最近怒るんだ。もう六つだろ、その遊びはやめろって。おかしいよ。僕が普通に歩いてると、箒に乗れとか揶揄(からか)ってきたくせに」 「それで『遊びじゃなければ』? 考えたわね。ライル、ここは暑いし、私の家で話しましょうか」  舞い上がる僕を先導し、彼女は生い茂る草木の間、道なき道を迷いなく歩いた。黒衣の裾にちらつく裏地の銀の光沢、預かった籠から立つ爽やかな香り。何もかもに神秘を感じて酔いながら進んだのちに――「ここよ」と声がした。  いつしか植物の無法地帯を抜け、手入れの行き届いた円形の庭に立っていた。ヴェラはその奥に僕を招いた。茅葺屋根の小さな家へ。
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