始まりと終わりの呪文

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 「はっ?復活の呪文アプリぃ」  バスに揺られながら、友人に見せられたスマホ画面を胡散臭げに見やると、そこにはレトロゲームのような8bit風アイコンがあった。  「深夜に面白えアプリねぇかなって探してたらさ、突然画面バグってこのアプリインストールされてて超怖えんだけど」  「んなもん即アンインストールしろよ」  「いやいや、でもさ貴方の人生コンティニューしませんか?って煽り文句気にならね?」  アイコンをタップすると黒バックに白文字でその質問と”はい””いいえ”だけが表示されていた。    「新手の詐欺じゃねーの?」  「審査通ってんだから大丈夫っしょ!」  迷わず友人の指が”はい”を選択した、するとアカシックレコードを読み込んでいますとこれまた胡散臭い一文が画面に表示される。  幾度か点滅を繰り返し、画面が切り替わる。そこには意味不明の1000字程度の文字が羅列されていて、思わずプッと吹き出した。  「ハハッ、なんだこれ?だっせ……」  笑いながら友人の方を見れば、呆れたことにブツブツとその呪文を唱えている。そう言えばコイツは変に純真な所があったなと肩をすくめた。どうせ目的地に着くまでは暇だし気がすむまで付き合ってやろう。  「どうだ?なんか変化あったか?」  唱え終わった友人を茶化した口調で揶揄うと、驚いたような顔をこちらに向けて目を細めた。  「うわぁ、懐かしい!はっは、おまえ変わってないな、そうか、そうだよな……」  「おいおい、なに演技してんだよ、迫真か!」  人が変わったような様子で懐かしげに自分を見ている、学芸会ではいつも棒読みの大根演技を披露していた友人とは大違いだった。  「信じろって言う方が無理だろうけど、俺さぁ100年ぶり位にお前に会うんだ」  「今朝バス停で待ち合わせて、現在進行形で会ってる状態だけど?」  「信じないか、まぁそうだろな俺がお前でも信じない。じゃあ与太話として聞いてくれよ、このアプリを手に入れて俺がどうなったか」  友人の話を纏めるとこのアプリに書かれた呪文を唱えると表示された時間に戻れるそうだ、今目の前にいる友人の中身は、何度もコンティニューを繰り返して久しぶりにこの時間に帰ってきた友人だという。  「お前が過去や未来を行き来できるって言うなら過去を変えて証明してみせろよ」  「馬鹿だな、過去を変えたとしてもお前は認識出来ないだろ、変わった過去と一緒に記憶も再構成されるんだから。それにこのアプリが起動したのは今だろ、これより前には戻れない。あと、未来には行けないよ、行けるのは過去だけだ」  「呪文を唱えればいいんだから未来も行けるだろ?」  「やっぱ馬鹿だな、この意味のない不規則な1000文字をお前は覚えられるのか?過去は再構成されるんだから、メモは持っていけないぞ」  馬鹿馬鹿と連呼され不貞腐れてそっぽを向くとカシャっと音が鳴った。  「だから俺は呪文の画面をこうやってスクショで撮っている、これなら写し間違えることもない」  「ふーん、じゃあそのアプリで今まで何をしたんだ?」  「まずは定番の番号を当てる系の宝くじで金を稼いで豪遊したよ、後はカリスマ占い師やってマスメディアを騒がしたりもした。あとはなぁ、最低かもしれないが結婚してやっぱ違うって思ったらコンティニューして別の子と結婚したりもした。バチが当たったのか俺、子供出来ない体質だったみたいで最終的には相手から離婚されたよ。それから引きこもって漫画や映画をひたすら見ている時もあったな。世界中を旅したこともあるけど、テロっぽい奴らに囲まれた時はヤバかった。死んだら呪文を唱えられないからそこで終わるんだよ。まぁコンティニューして逃げたけどさ」  限定された時間の中ではコイツは限りなく不死身に近いらしい。寿命さえもコンティニューで回避可能だと、信じていないはずなのにそんな友人を妬ましく思った。  「んじゃ、その勝ち組チーターさんがこんな時間になんの用事だよ」  「お前の顔を見にきたっていうのはどうだ?」  「きもっ!マジで鳥肌たったんですけど!」  「ひっでぇ!いやほんと懐かしいわこの感じ!まぁ冗談はこれくらいにして、俺心残りが一つだけあってさそれを晴らしにここに来たってわけ」  表情を改めると、今更だが声をひそめて話し始めた。  「死んだら終わり、だから危険の迫る時間には戻らなかった。だけど今まで好き勝手やって俺はもう十分生きたと思う……」  「おいおい、今から何が起こるって言うんだよ」  「バスジャック、死傷者3人を出して世間を賑わせる大事件になる」  知らずにゴクリと喉が鳴った。  「じっとしていれば大丈夫だ、だけど俺はそれを阻止しようと思う。決められた時間の輪から外れて生きるのは楽しかったけれどそれ以上に虚しく、孤独で終わりを見つけられなかった。だから俺はここを人生の最後に決めたんだ」  「ちょ、ちょっと、待てよ」  「次の信号でバスが止まれば犯人が運転手に接触する、その隙を狙って止めに入ろうと思う」  「冗談キツイって……おい!」  友人は俺の呼びかけにも反応せずただ前を見ている。そうしている間にも信号が近づいて、友人の体がゆっくりと起き上がる。  車体が揺れてバスが止まり、そしてーー  「痛ってぇ!ギブ!ギブだから!」  離れていく友人の腕をついホールドして止めてしまった。  薄情かもしれないが見知らぬ他人よりは目の前の友人の方が大切で、既に体験済みかもしれないけれど死にたがっているなら話を聞いてやるよと叱りつけたい気分だった。  「お前勝手すぎるよ、大体こんな……って」  プップーとクラスションを鳴らして何事もなくバスが走り出し、悪目立ちした自分達を乗客が白い目で見ていた。  「あははは!騙されてやんのだっせー!」  そして目の前には腹を抱えて笑う友人。  「ふつー復活の呪文アプリとか信じる?めっちゃ笑えるんですけど」  最初からこの友人の悪ふざけだったらしい、騙された自分も間抜けだが、こんな嘘は悪趣味すぎるだろう。  「ひぃ、ひぃ、ははっ、苦しくて涙出るわ、ちょっと席変わって」  ぐいぐいと俺を押し退け窓際に座り直す、仕方なく通路側の席に座った俺に乗客の冷たい視線が突き刺さる。この野郎……    「おいコラ、エイプリル・フールはとっくの昔に終わってんだよ!俺の方は全く笑えないんですけど、ほんの少し、小指の先程度心配した俺の気持ちどうしてくれんだよ」  「……お前さ、ほんと、馬鹿だろ」  友人の顔から笑みが消えて、一筋の涙が頬を伝った。  「お前とこれからも馬鹿やれるならもう少し生きてみたいと思ったよ」  「何言って……」    友人の真意を問う前に激しい衝撃音と共に体が叩きつけられ足が宙を舞った。目の前は赤く染まり、何も見えない。  アイツはどうなった?伸ばした手はただ宙を切った。  何もかも白い病室で包帯だらけの体を捩って新聞に手を伸ばす、そこには居眠り運転のトラックに衝突され脇道に転落したバスの記事が載っている。  乗客のほとんどが死亡する程の大事故で奇跡的に俺はそこから生還をした。俺と席を交代した友人は即死だった。  復活の呪文アプリは本当に友人の冗談だったのだろうか?真意を確かめることはもう出来ない、アプリの入った友人のスマホも壊れてしまった。    ただメモリーカードは無事だった。  新聞を横に置き、スマートフォンのアルバムを開く、そこには友人が俺の前でスクショを撮ったあの呪文の画像、上手く誤魔化して俺の所に転送してもらったものだ。  レトロゲームの復活の呪文は誰のカセットでも復元可能だ、これを俺が唱えたらどうなるんだろうか?多分、何も起こらないだろう。  だけど俺は、アイツの言う通り馬鹿だから、静かにその呪文を口ずさんだ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!