あなたのために

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 今日はやたらと忙しい1日だった。私の仕事は眼科の診療助手だ。午後担当した医師が感じ悪いし診察が遅いし重症患者を引くしで最悪だった。早番だったため何とか定時に上がることができた。  ロッカーの鏡に映った自分を見る。随分と疲れた表情をしている。化粧はかろうじて眉や瞼に色が残っている程度。唇はカサカサ。ひっつめ髪からは無数のアホ毛が元気よく飛び出している。酷い有様に深くため息をつく。そして大きく息を吸い込み、急いで身支度を始めた。  今日は大好きなアイドルのライブ。そのため同期に頼んで早番の日を変えてもらった。職場から会場までは30分ほど。身支度にかけられる時間も30分ほど。  まずはヘアアイロンを休憩室のコンセントに差し込む。この職場の数少ない利点は休憩室が広いことだ。それに早番だと人が少ないので広々と使える。  次に眼鏡を取り、髪をほどく。そして制服を脱ぎ捨て、レースのワンピースを着る。色は推しメンのカラーと同じブルーだ。推しと私の誕生石であるサファイアのネックレスをつける。  サークルレンズをいれる。乳液をコットンに出し、崩れた部分のメイクを拭き取る。ベースメイクから直していく。アイシャドウとアイブロウは色が抜けている部分のみ足していく。睫毛はホットビューラーでカールを復活させる。チークをふんわりと入れ、リップは保湿しつつ色を乗せる。  メイクが一通りできたとことでヘアアイロンが温まる。肩ぐらいのボブヘアーを内巻き外巻きをMIXさせて巻いていく。イヤリングをつけ、最後に香水をそっと忍ばせる。  鏡の前で頭を左右に振り、最終確認を行う。 「よし、おっけー」  急いで道具を片し、7センチヒールのパンプスに足を入れる。カツカツと規則的な音を立てながら休憩室の扉へ向かう。 「あ、おつかれー! 気合い入ってるね!」  扉のところで同期に出くわす。彼女は今日が私にとっていかに大切な日かよく知っている。 「推しに会う日だからね」 「さっきまでと別人! イキイキしてて復活って感じ」 「くたびれた姿で会いに行けないからね。じゃあね」  颯爽と休憩室を出る。休憩室は地下にある。地上へと向かう階段で先の医師と出くわした。私はもう先ほどまでの労働の苦しみから解放され、ライブのことで頭がいっぱいだったので目一杯の笑顔で 「お疲れ様でした!」 と医師に告げることができた。医師は先ほどまでの無愛想とは異なり 「どこか行くの?」 と柔らかな声音で聞いてきた。 「ライブです!」 と満面の笑みで言うと私はまたカツカツと歩き出した。
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