壊れたパソコン

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第一話 変人 「あき!先に帰るね」 「うん。お疲れ様」 「うん。あきも無理しないでね」 「解っているよ。インターフェース部分のエラーが無くなったら帰るよ。週末は、頼むね」 「わかっているよ。あき。お疲れ様」  泉が、私が座っている場所以外の電気を消す。  タイムカードを押す音が響いて、扉が開く音がする。  エレベータが到着する音が響いた。  これで、このフロアに居るのは、私だけだ。  明日から、来週の月曜日まで、会社を休む申請を行っている。  ふぅ・・・。  煮詰まってしまったコーヒーを流し込む。舌と喉が刺激されて、眠かった感情が強制的に覚醒される。  そういえば、このインターフェースの編集を行うのは・・・。  時計を見る。  終電には余裕がある。明日は、昼に起きれば間に合う。それに、このインターフェースの修正をしておかなければ、チーム全体に遅延が生じてしまう。部長も、今日になって変更を言わないで欲しかった。  ラッパーで対応するしかない。プロパティの追加は却下された。そうなると、引数を調整できる方法で対応するしかない。  配列を受け付けるように変更して・・・。  これだけじゃだめだ。返り値の調整も必要になる。書き出した感じだと、4つのラッパーが必要になりそうだ。  週明けまでの4日間。作業が止まらなければいい。  APIの中身は、後回しにする許可は貰っている。テスト開始まで、まだまだ余裕がある。連結までに、中身を完成させればいい。  私のデスクだけが照らされた会社で、作業をしている。  窓に映し出される私は、あの頃と何も変わっていない。  変わったのが、作業をしている場所でも、作業の内容でも、私の容姿でもない。  正面に座って、私を見てくれる視線が無くなった。残業の時に、照らされるデスクが私だけになった。  配属が決まった時に、同期や先輩から、”ご愁傷様”と暖かい激励の言葉を貰った。  言葉に嘘偽りは無かった。  上司を一言で、表すと、”変人”だ。変人だった。  ただの変人ではなく、頭に”天才だけど”がついてしまう。詳しくは知らないが、変人が作ったモジュールが会社の業績を一気に押し上げた。関連の仕事が舞い込むようになって、赤字寸前のIT会社がセキュリティのしっかりとしたビルの2フロアを占有できるまでに成長した。  会社は完全フレックス制で、13時から14時のコアタイムに出社していればよかった。変人は、13時に出社して、深夜まで作業をして始発で帰るような生活をしていた。一応、私には気を使って、終電で帰るように言ってくれていた。  本当に変人だ。他にも、事例を上げたらキリがない。  変人が使っていた開発用のパソコン。  もう動かなくなってしまっている。専門家に見せても、動かなくなってしまった理由は解らない。すべてのパーツを単体で試せば、動作してしまう。しかし、すべての合わせると動かない。HDDは、マザーボードに付与されているキーで暗号化されている。変人が使っていたパソコンは、私物だ。  変人が使っていた席もパソコンも、年度末で片づけることが決定している。  終電の時間に間に合わなかった。 「全部、貴方のせいですよ。私が、一人で残業しているのも、慣れないインターフェースの修正を担当しているのも、全部、全部、貴方の責任です。本当に、勝手な人。こんなに、好きにさせておいて、勝手にいなくなるなんて、ねぇほら、はやく生き返りなさい。今なら、変人だからで許してもらえるわよ」  変人の使っていた、動かなくなったパソコンの電源を入れる。  ファンが回りだすが、それだけだ。電通は確認している。マザーボードにも問題はなかった。でも、動かない。  本当に、変人が使っていたパソコンだ。壊れ方も異常だ。
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