1人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
③後輩×先輩
✳︎ 恋人以上、恋愛未満、的な?
「夜の作法の実地練習はこれで終わりな」
興奮の余韻で肌を朱に染めたシノブがうつ伏せ寝のカラダを気だるげに返してそう言うと、
「……あ、ありがとうございま……した」
額に球の汗を浮かせ、目の端を桃色に染めた後輩が満足そうな表情でうなずいた。
バイト帰り、たまたま帰る方向が同じだからと肩を並べて歩いていた途中、突然ヤッてみたいと言い出したのには面食らったが、まぁ、お互い満足できたようだし、いいか、とシノブは口の端を持ち上げた。
「にしても珍しいヤツだな。普通、好きな相手に(初めて〉を捧げたいもんじゃないのか」
「下手とか言われたら凹むでしょ。それに相手を楽しませたいですから」
寝乱れたシーツを引き伸ばしながら真っ赤な顔をしているのを見ると、(こいつ、大丈夫か?)と心配が込み上げてくる。
普段あまり表情を動かさないので他人にあまりバレていないとは思うが、シノブは元来絆されやすい。
これまでそれで結果何股もの浮気をし、オンナに往復ビンタされた経験は古いものではない。
たまたま、フリーだったのと、相手が普段から可愛がっている後輩だから(マジ? 男同士だぞ)と思いつつ、「童貞を捨てたい」というその言葉に付き合ったのだ。
引き受けるのもどうかと思うが、この場合、頼む方がどうかしているだろ?
俺は別に。
恋愛感情ナッシングだから……。
ちょとお助けマンしただけで。
「不安なら何度でも付き合ってやるよ。こういう行為したから、もう声かけるなとか言わねぇからさ」
そう言ってしまってから(自分でもお人好し過ぎて怪しいぜ……俺ってもしかして同性愛者だったのか)と自問自答してしまった。
「……」
(ほら、気味悪がってる)
いや、待て。気味悪いなら、なんで目ェ合わせてくんだ?
「なんだよ。見つめるんじゃねぇよ。相手が違ぇだろ」
「もしかして、俺のこと好きになっちゃいました? テクニシャンだったから」
「自惚れンな。お前が下手すぎて、相手のヤツに愛想つかれないか心配してんだよッ」
枕を思い切り投げつけてやる。哀れな枕はヒロミの顔にヒットしてベッドの上に悲しげにコロンと落ちた。
「野郎同士でホテルから出るとかなんか見られたくねぇ。ヒロミ、お前先帰れ」
「えぇッ。嫌ですよぉ。そんなヤッたらハイさよならっていうのがお付き合いの作法とは、僕、思えません」
と胸を張られ、シノブは思わず両手で顔を覆った。
「お前なぁ、二人でホテル出たところを、その…。片思い中の野郎に見られたら、押し倒す前に玉砕するぞ」
「え。それも嫌ですけど」
「けど……?」
「先輩をひとりで帰らせるの、絶対嫌なんです」
(変なヤツ、食っちまった……)
後悔先に立たず。
それでもまさか、この困った後輩、ヒロミ君の面倒を大学卒業後も見る羽目になるとは思っていないシノブだった……。
〈了〉
2022.02.11
最初のコメントを投稿しよう!