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僕の名前は城島太。
僕は大学のキャンパスで遠目に佐伯京子を見る。見るけれど実際にはよく見えない。周りに彼女という女神を信奉する男性信者がいつも捧げ物を持って僕の視界を遮っているからだ。
「あたし、雨女なの」
彼女はよくなにげなくそう言う。
自分を何か特別な能力を持つ存在と、周りに印象づける為なのかもしれない。雨が降るのは歓迎しない人は多いだろうが、彼女は自分の雨女という能力を肯定するべく、「雨女なの」と言った後に「雨は好きかだから、いいんだけど」と後に続ける。
美人は周りに流されない。香気を漂わせ蜜の味を求める雄が吸い寄せられてくる。彼女のほうから近づいていく必要がないと言うだけでも生涯にどれほど靴の節約になるかは解らない。
雨女は台風にもなる。止まっているだけで天気予報で見る台風の画像のように、その目を中心に渦巻く雲が周りを取り巻いて見える。台風の目はキャンパスの街路を西に進んだ後、何かの拍子で南に進路を変えて建物の中へ消えていった。
「雨女」とデートするには、競争倍率が高い。単純に容姿がいいとかそんなものではOKはもらえないらしい。「面白い人がスキ」というのがもっぱらの噂で、それで意外とハードルが低いなどと勘違いした男も多いらしい。
僕は道で水平に、あるいは校舎の上階の窓から俯瞰で彼女を見る。そして噂に聞き耳を立てる。
「おまえじゃムリさ」と仲間内で言われても興味ぐらいは持っている。
*
年明けすぐ、僕は何の欲もなく「美貌の雨女」佐伯京子に年賀のメールを出した。
彼女とは「お笑い鑑賞サークル」というので一緒になり、ときどき顔を合わせていたので、彼女が使っていたサークル用の携帯番号とメールアドレスだけは知っていた。
僕は彼女に興味がないフリをしていたので、送ったメールは本当に何の変哲もない一言だけの年始めの挨拶文だった。だから返事も別に期待していなかったが、意外にもすぐに佐伯京子からの返信が来た。これは雨が降るどころか雪になるぞと、ちょっと飛び跳ねた。
『不覚にも笑ったわ。今年初笑いは城島君のメールだったから、縁起よく初詣に行って、お笑い鑑賞サークル活動しない?』
僕は、彼女を笑わせるようなことは一言も書いていないつもりだったが実際にはこう書いてあったらしい。
『あけまして あめでとう』
だが佐伯京子は僕に会うとすぐ「あたしがこんなので笑ったなんて人に教えちゃイヤよ」と微笑んだ。
どうやら彼女と僕に、二人だけの秘密が出来たらしい。
賑わう街を歩くため手を繋ぐのに、それほど時間はかからなかった。
おわり
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