愛しの由里香先生

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 私は大手出版社、少女漫画誌の新年会に来ていた。会場は都内有名ホテルの一室が貸し切られた、立食スタイル。  新人少女漫画家の私は、デビューしてから何作か雑誌に載って、初めての新年パーティーに、浮かれつつもソワソワしていた。  会場に入ると、明る過ぎる照明に、見た事もないようなお料理に。何もかもがキラキラして見えた。  そして、知人もいない私は、どこか居心地も悪く、いたたまれない気分でもあった。  作家さんそれぞれに、この日限定の名札が付けられている。  私の左胸には『柊かえで』のペンネーム。 ああ、憧れの大原由里香(ゆりか)先生はいらっしゃらないのかしら?  私が漫画家を目指すキッカケになった売れっ子少女漫画家の先生だ。  ご挨拶だけでも・・・とドキドキしながら会場を見回していた。  私のイメージでは、由里香先生は絶対、バラとお紅茶が似合う、素敵な大人の女性なんだよなー。ホントに勝手な想像だけど。  すると、ふいに声をかけられる。 「今日のパーティーの醍醐味は、ローストビーフを何枚食べられるかにあると思わないかい?君!?」  と。驚いて右を見ると、何やらビジュアル系メガネみたいな男の人だった。 「はあ・・・?」  と、思わず間の抜けたような返事をする。  この割とイケメンなビジュアル系の人は編集者だろうか?カラーコンタクトにメガネって。どっちかに度が入ってるの?何なの?ってどうでもいい疑問。  そして、やけにくだけた感じの編集者だなと驚く。  私のイメージでは、黒髪にスーツだよな、みたいな・・・。でも漫画編集なのでそれもアリなのかなーと思った。  編集者の方なら無下に出来ないな、なんて計算もありつつ。 「『柊かえで』さん?」  と、彼は私の名札を確認すると。 「ああ!先月号に読み切り載ってたね!  バンドマンとバンギャちゃんのラブストーリーね。王道だけど俺、好きだよ」  って、やっぱり編集者さんかって納得する。 「読んで頂いてありがとうございます」  と、ここはお礼を。 「君、バンギャちゃんなの?そう見えないけど。」  ああ、彼はいわゆるギャ男くんか!と、妙に納得。ビジュアル系バンド好き男子か。 「ライブ参戦好きですけどね。  どんなバンドお好きですか?」  と返してみた。 「うーん。有名どころで言うと、butterflyかな?  あと、新しいインディーズ系だとザックスとか最近好きかなー」 「え?ホントですか!?  私も両方大好きです!!」 「まじか!?  実はbutterflyのカズシ友達でさ。あ、これ内緒ね」  おおおっ!と内心密かに興奮する。  有名出版社の編集者さんともなると顔が広いのかっ! 「あ、かえでちゃん、今度バンギャちゃん友達連れて来てさー、飲み会やろう!  うん、楽しそうだ!」  と、なぜか彼のペースに巻き込まれる。  これは受けていいのか悩むところ。  この人、ノリが軽いなー・・・。  なんて考えていると、こちらに向かってイメージ通りの、ザ・編集者って感じのスーツに眼鏡で黒髪の男の人がやって来て、私に軽く一礼しつつ、隣の彼にコソコソと話しかけた。 「ちょっと、大原由里香先生!名札付けてくださいよ!!   挨拶があるからこっち来てください!!」  って、シャツの袖を引っ張られてる。  私は事態が飲み込めずに呆然とした。 『大原由里香先生!!』  え!? どこに・・・!?  ぶつぶつと、V系メガネの彼が編集者に呟いてる。 「えー、だって俺、 『大原由里香』ってツラじゃないでしょう。  ノリで付けたとはいえ、恥ずかしー・・・」  って。頭を抱え込んでいた。  え?え?  よく見たら、彼の右手中指に、しっかり大き目なペンだこを見つけて・・・。 「あ、柊かえでちゃん」  って、彼が私を振り向いて。 「これ、名刺。  今度合コンしよーね!」  とニッコリ笑って渡されたのは。  リスペクトして止まないあの絵柄と共に、 『大原由里香』  と書かれた、名刺だった。  !!!!!  ええええぇぇ!?  もちろん、漫画家さんだから、皆さんがお顔を公表してる訳ではないけれど。  自分がリスペクトしてる漫画家の先生が、  お、  お、  男かっっっ!!!!!  編集者に連行されて行く彼に向かって、 「先生!!  好きですっ!!!!!」  って思わず私が言ったら、  周りの皆様方がこっちを見てびっくりしてた。  そして何やら笑われてる気配。  いや、愛の告白かよっ!!  って、我ながらそこは心で突っ込んで恥ずかしくなった。  焦って私は、 「じゃなくて、  ずっとファンですっ!!」  って言うと。  彼が笑って、 「ありがとう!  じゃあ、ぜひまたね!」  って去って行った。  私の思考がグルグルと巡る。  さっきのビジュアル系メガネ男子が、  『大原由里香先生』で。  向こうから話しかけて頂いて(しかも割とそっけなかった?私!?)  中途ハンパに告白まがいな事をちょっと大声で言って周りに笑われて。  合コンしようねって誘われて・・・。  あああああっ・・・!!  ってパニックになってるうちに、  会場に設置されたミニステージみたいな壇上で、今日参加してる大御所作家さんからの自己紹介が始まっていた。    「明けましておめでとうございます。  本年もよろしくお願いします」  しばらくすると、彼が壇上に上がり、 「どうも、初めまして。  女性の花園みたいなところに失礼します。  こちらの新年会は初参加の、ペンネーム『大原由里香』です。」  と言うと、案の定、会場がザワつく。 「あ、すみません。  秘密にしてた訳じゃないけど言いそびれ、出そびれてました。  くれぐれも面白がってSNSにアップしないで下さいね!」  と言うと、フフフッて会場から笑いが起こったけど、 「え?男の人!?」 「しかも、思ったよりだいぶ若いし!!」 「てか、見た目バンドマン!?」  って、まだまだ会場はザワザワしてた。  そして新人の自己紹介まで来て自分の番も巡って来たけど、何を話したか忘れたくらい緊張してて、多分言ったのは名前と『よろしくお願いします』ぐらいだったか。  『大原由里香』先生の周りには大きな人だかりが出来ていて、とても私が出る幕なんて無くて。  せめてもう少し作品についてどこが好きかとか熱く語りたかったな、なんて思ってた。  そして一通り挨拶した様子な由里香先生は、 料理を取ると、なぜかこちらに向かって来た。  え?え!?  彼が言った。 「君は壁の花かっ!?  ローストビーフを何枚食べられるかが、ここの醍醐味だって最初に言ったよね?」  って笑って私に料理の乗ったお皿を渡してくれた。もちろんローストビーフも乗っている。 「ありがとうございます。  ・・・由里香先生っ!!」  って私が言うと。 「なんかそれ、面と向かって言われるの、我ながら嫌だわ。  雑誌の上だったらいいけど。  本名の方の『大原悠斗(ゆうと)』でお願いします。まあ、これもあんま言ってないけどね」  するとまた、 「ごめんなさい、大原由里香先生・・・」  と彼が声をかけられる。 「あ、すみません、今大事な話中で・・・」  と言うと、小さめな声で私に、 「なんかやっぱり馴染めないわこれ。  じゃあ、改めて飲み会、ホントによろしくね」  って。  また皆の輪の中に戻って行ってしまった。  どんな業界でも、スターはやっぱり周りを巻き込んで引っ掻き回してしまうものなのかしら・・・。  すると、私のネームプレートを見た作家さんが、 「柊かえでさんですか?  先月号の読みました。  凄い!あの大原由里香先生とお知り合いですか!?」  って。同じ新人の『天井(あまい)ここあ』さんに話かけられ。 「いえいえ。私もびっくりで・・・」  って。何だかんだ、新人同士で話が合ってずっと話していた。  類は友を呼ぶ法則か。  なぜか彼女もビジュアル系バンド好きと判明して。 「天井さん、今度合コンしませんか!?」  って誘ってみた。  合コン要員女子、頑張ります!  今度は、ゆっくり由里香先生に、作品について熱く語れるかな・・・なんて思いつつ、  あれ?・・・じゃなくて大原悠斗さんて呼ぶべき?  なんて思ったら、なぜだか妙にドキドキしてしまう私だった。  またまた。  そんな不慣れな世界。  見た事も無いような世界が広がる予感がしていた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加