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「さらば戦士。愛の名のもとに」
世界は滅んだ。
そして今、再生したはずの人類はまたも亡びゆく運命にある……。
地球文明はとうに滅び、生き残った人類は人工惑星「匣舟」で息をひそめるように生きている。
これは終末のファンタジィである。
僕は砂状のナノマシンが一面に広がる、灰色の砂漠を旅している。僕ら探索者はこの人工惑星「匣舟」の極冠を生きている。地球文明の遺跡を荒らして遺失物を拾い、売り歩いている貧困層である。
この星には奇械と呼ばれる生物の生態系が広がっていて、探索者は危険な場所を練り歩くために貧困層しか成り手がいないのだ。
そして僕は今日も奇械生物がうごめく遺跡を調査するため、武装して同じ境遇の仲間たちと灰の砂漠をひたすら歩き続ける。匣舟は地球文明が残した灰の砂に見えるナノマシンで大気を作っており、地表は多くが灰の砂漠となっている。そのために灰砂に埋もれた遺跡も多いのだ。
――。
「待て」
僕が先頭を歩いていたところから周りに合図すると、円塔の一団が止まった。僕は奇体融合者といって、幼いころに奇械生物に寄生されつつも生き残ったために身体能力などに優れている。その鋭敏な感覚で妙なものを見つけたのだ。円塔の仲間たちは普通の人間だがベテラン揃いで、すぐにしゃがんでメーザー銃を四方に向けて警戒する。
……。
ふらふらと歩き続ける人間たちの集団。まるでゾンビのような歩き方だ。
そして、その中の一人が突然悲鳴を上げて「丸」に変形していくと、真っ黒な塊となって周囲のゾンビたちを巻き込んで消え去ってしまった。
「……ネオ黒死病患者だ」
僕が何キロも先のその姿を確認して、仲間たちに伝える。
ネオ黒死病は人が正気を失って突然真っ黒になり、周囲を巻き込んでどこかへきえてしまうというもので、最近蔓延している奇病である。近づくと「収縮」に巻き込まれて消えてしまうため、危険な相手である。なにせ鉄だろうが奇械だろうが人間だろうが構わず飲み込んでしまう。
「禁域に向かっていたのか」仲間の男がつぶやく。
円塔の仲間たちはネオ黒死病患者の向かう場所を禁域と呼んで避けている。あまりに危険であるためだ。
「このまま進もう。ネオ黒死病患者はさっきまとめて収縮で消えた」
僕が指示を出して仲間たちは灰の砂漠を奥へ進む。
僕らは禁域の正体を知らない。何代も前からネオ黒死病患者の「聖域」とされ、健康な人間からは禁域とされてきた。地球文明の遺跡だとも聞いているが、噂になることすら稀だ。
地球が滅んで、人類は人工惑星を作り移り住んだ。その人工惑星匣舟でようやく新文明が花開いたというのに、今では人々は謎のネオ黒死病に怯える日々。
我々はどこへ向かうのか。
僕たちは、セイフティという幸福を手に入れることが、どうしてもできない。ヒトは、人は、人類は、退廃郷にて戦い続ける。
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