ぬいぐるみ奇譚~クマコのハナシ~

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『クマコ…』  揃えた指で、そっと頭を撫でると、クマコの瞳が潤んだように見えて、ドキリとした。よく見たら、傍のローテーブルに置いたアロマキャンドルの炎が映り込んで小さく光っただけだったけれど、それすらクマコ自身からの主張に思えた。  まっすぐに私を見つめる瞳に、部屋へ持ち帰ってきた時のような恐怖は、もう感じない。洗いたてのふわふわの毛が気持ち良くて、大人しく撫でられているクマコは、ただの普通のテディベアにしか見えなかった。 『アンタもさ、あるんじゃないの?未練』  落ち着いた声音で訊く顔は、うっすらと眉間にシワを寄せていた。真剣な話をする時のカオリの癖だった。  その言葉に静かに首を頷かせて、部屋着のポケットから買い換えたばかりのスマホを取り出す。前のガラケーからそのまま移した電話帳に、彼のアドレスも番号も消し損ねたまま入っていた。
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